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「37.8度」 佐助が体温計を見て呆れた顔をした。 「だから言ったのに…。絶対寒いって」 「すみません…」 せっかくの休日。一週間頑張ったご褒美の日。これ見よがしに溜息をついた佐助を見上げながら、わたしも溜息をついた。 昨日、ちょっと、ほんとにちょっとだけ薄着して仕事に行った。でも別にそんな馬鹿みたいに薄着していったというわけではない。天気が良かったから油断したのだ。朝のうちでこんなに晴れてるんだから、昼になったらもっとあったかくなるだろうと予想して。 玄関から出る前に、佐助は何度も「それ絶対寒いと思うよ」と忠告してくれていたのだが、どうせほとんど建物の中にいるんだし絶対大丈夫だと反論してそのまま出勤した。 馬鹿だったと思う。そりゃあ朝昼は大丈夫だったかもしれないが、問題は夜だ。この季節、夜はかなり冷え込む。そのことを失念していた。朝に天気が良かったからって薄着して外出して、夜の寒さに負けて風邪をひくだなんて、子供じゃあるまいし。 「子供じゃあるまいし」 佐助が、心の中で思っていたことと同じことを言った。 「だからごめんって…」口を尖らせながら布団の中に潜り込む。 熱が出ると、身体がぎしぎしと痛くなる。布団の中で動くたびに、背中が痛んだ。 「ごはんは?」 「…食べる」 「風邪ひいても食欲はあるわけね」 「…だってお腹はすくんだもん。いいじゃん別に!病人には優しくしなさいよ」 「そんだけ元気あるんならすぐ治るって」 佐助が、わたしの額にかかる前髪をどかして頭を撫でた。佐助の手が冷たくて気持ちいい。 「…いつもと逆だね」 佐助がぽつりと言葉をこぼす。そうかも。 いつも髪を撫でてあげるのはわたしの役目で、佐助は撫でられる側だから。 大きな手に髪を梳かれて、あまりの気持ちよさに目を閉じた。撫でられるっていうのも、案外良いものだ。 「おかゆ!卵いれてね」 「はいはい…人使いの粗いご主人様で」 佐助はもう一度わたしの頭を撫でてから、やれやれ…と腰を上げて寝室から出て行った。 「おじいちゃんみたいだよ」 って声をかけると「うるさいよ」と笑いを含んだ返事が返ってきた。 佐助がおかゆをつくってくれるまでの間に、とろとろと眠気がやってきて、彼が「はいできましたー」と言ってお盆を運んできてくれた時にはほとんど寝かかっていた。 気持ちの良い睡魔を払われたことに対し文句を言ったら、「ビシッ」という効果音つきでデコピンされた。 「たまご入れた?」 「いれたいれた。葱と胡麻も入れた」 「優秀」 「当然でしょー」 お盆にのったおかゆを受け取ろうと手を伸ばすと、佐助がそれをやんわりと制した。 一体何かと思ってみると、佐助はおもむろにスプーンでおかゆを掬って、 「はいあーん」 とこちらに差し出してきた。「自分で食べるって!」と手を伸ばしたがするりとかわされて、佐助はまたこちらにスプーンを向ける。満面の笑顔で。 「俺これやんの初体験」 「…ああそう」 「そ。だから、俺の初めての人になってくれよ」 「いかがわしい言い方しないでくれる」 「はい、口開けてー」 これ以上は無駄だと判断して、口を開けた。そこに、佐助がおかゆを運んでくる。 ご丁寧にふーふーと冷ましながら、まるで鳥の雛に餌をやっているかのように。 猫舌だから冷ましてくれるのはとっても有難いけれども、これはちょっと恥ずかしい。 「を餌付けしてる気分」とか言ってくるから、スプーンを奪おうとしたが、それは叶わなかった。 佐助は、一体何がそんなに楽しいのかと言いたくなるほど楽しそうにしている。 途中から、まあ佐助が楽しいならいいやと諦めた。 「佐助、実は料理できたんだね」 「料理ってほどのもんじゃないでしょ、これ」 「や、でもさ。何もできないって思ってた」 予想以上に美味しいおかゆに、ちょっとだけ悔しくなった。たかがおかゆに美味しいも何もあるものか、て佐助は言ってたけど、実際美味しい。 「俺様優秀だから何でもできちゃうわけよ」 「ふーーーん。じゃ明日から毎日ごはんは自分で作ってよ」 「それは嫌。俺、のごはん好きだから」 ふうふう、とおかゆを冷ましながら佐助がにやっと笑う。同じように、自分の頬がにやけているのがわかった。 のごはん好きだから。 それだけで機嫌がよくなってしまうとは、我ながらゲンキンな女だ。単純。 悔しいけどでも、やっぱり嬉しい。 佐助は結局、完食するまで「はいあーん」とやり続けた。 「薬飲んだ?」 「飲んだ飲んだ」 「はい、じゃーおやすみ」 佐助が薬箱から持ってきてくれた風邪薬を飲んで、また布団に潜り込む。 「うさぎ林檎とか剥いてくれないのー?」 布団を顎まで上げながら強請ってみたが、佐助は呆れた顔で首を振った。 「あのねーまだ食べる気?ほんと風邪ひいてんの?」 「うさぎ林檎とかさーアコガレだよね」 「なーに言ってんの!ホラ、とっとと寝た寝た!」 「わふっ」 佐助が布団をひっぱり、頭から被せて押し付けてきた。 くるしいーと身を捩って布団から顔を出す。 「あー痛い身体痛い」 激しく動くと、熱の出た身体がぎしぎしと悲鳴を上げる。 「おばーちゃんみたいだよ」 「うるさいなあ」 くすくすと笑いながら、佐助がベッドの上に腰を下ろす。 ふわ、とまた大きな手が頭に触れてきた。さっきと同じように、冷たい指が髪に絡んで、ゆっくりと梳いていく。 「ほんと、逆だね」 「んー?」 「佐助に頭撫でてもらうなんて、あんまりないよね」 気持ちいいな、と呟くと、佐助が柔らかく目を細めた。頭を撫でる手から優しさが滲み出ていると思うのは気のせいだろうか。 「が寝るまで、撫でてあげるよ」 「んー」 親指が額をくすぐる。布団のあたたかさと、撫でる手の気持ちよさと、満腹感で、先程手放した筈の睡魔が舞い戻ってきた。 たまにはいいかも、こんなのも。 口の中でもごもごと言った言葉は果たして佐助に聞こえたどうか。 あ、いい感じに眠い。 ―気持ちいい?。 うん。 ―ずっとこうしていたい? うん。こうしていたいなあ。 ―俺も、こうしてたいよ。 佐助も? ―うん、俺も、 「ほんとはさ、ずっとこうやって俺がを愛でてあげたいって思ってた」 ね、聞いてる?…。 するりと逃げる髪を指に絡ませながら、寝息ばかりが聞こえる部屋に小さな呟きが落ちた。 (071230) |