わたしは冬が好きだ。寒くて乾燥して、お肌もカサカサになるし唇も割れやすくなるけど、それでも好きだ。寒い寒いとか言いながら毛糸の靴下をはいて毛布にくるまり、ココアを飲むこの楽しみは冬にしか味わえない。
夏に、クーラーをがんがんつけてくしゃみが出ちゃう程に部屋を寒くして、ブランケットにくるまってアイスを食べるのも好きだけど。でもやっぱり冬の方が好き。

仕事から帰ってきてスーツという戦闘服を脱ぎ捨て、完全武装したメイクを落とし、コンタクトレンズを外して眼鏡をかける。お気に入りの縞模様の毛糸の靴下を履いて部屋着に着替えて、やっと人心地。冬になってから出しっぱなしの、小さな毛布と肩からかけて、いつものようにソファに座っていると、可愛いうちのペットが近付いてきていつものようにフローリングに座る。

惰性で手を伸ばし、いつものように硬い髪に指を絡ませて…



「いたっ」



指先に走った痛みに、素早く手をひっこめた。

どうしたの?と佐助が覗き込んでくる。「んーなんだろ」と自分の中指を見ていると、なんとあかぎれのようなものができていた。ショック。こんなになるまで乾燥していたなんて。学生のころは、どんなに乾燥してたって割れたりしなかったのに!あーあ。

「うわー痛そう」と言いながら、小さいけれどもぱっくりと割れた指に触れてくる。別に、何もしなければそんなに痛くないけれども。多分、さっき走った鋭い痛みは、このあかぎれのところに、佐助の硬い髪の毛が引っかかってしまったために起きたんだろう。
「あとで適当に絆創膏貼っておくよ」と言ったら、佐助はちょっと怒ったような表情をした。



「駄目だよ。冬は乾燥するんだからちゃんとクリームつけなきゃ」



なんだかお母さんみたいね、て思う。佐助は「もー」と呆れたような声を出しながら立ち上がった。どこに行くんだろうと黙って見ていると、佐助は化粧台の引き出しを開けて、ハンドクリームを取り出した。ああそれ、そんなところに入っていたんだ。ちょっと前に購入して引き出しにしまった後、その存在をすっかり忘れていた。
佐助の記憶力の良さに脱帽する。というか、自分の記憶力の悪さに呆れる。

緑色のチューブに入ったそれを持ちながら、佐助はまたソファの下、フローリングの上にぺたんと座る。「手、出して」とあかぎれのできている方の手を取られた。
わたしは佐助の意図を察して、自分でやるからいいよと辞退したんだけれども、佐助は「いいからいいから」と言いながら 自分の掌の上にクリームを出して、こすり合わせ始めた。



「こんなになるまで放っておいたら駄目じゃん」



佐助の、冷たくて大きくて綺麗な指が、わたしの指と絡まった。
あかぎれのできた指先に、優しくクリームを塗りこんでいく。親指の腹で撫でるように、ちょっと硬い手の平で包み込むように。まるで大事な宝物を磨き上げるときみたいに、丁寧に丁寧に。
中指が終わると、親指に、人差し指に、薬指に、小指に、手の平に、甲に。
クリームをつけると摩擦が無くなって気持ちいい。べとべとするとかぬるぬるするから嫌だっていう人もいるみたいだけど、わたしは好きだ。
佐助が、反対側の手にも同じようにクリームを塗ってくれた。その感触がくすぐったくてちょっと笑った。
こんなサービスまでしてくれるとは、優秀なペットだ。

「はい、終わったよ」という声と共に佐助の手が離れていこうとしたから、それを止めるために今度はこっちから指を絡ませてみた。佐助が、ちょっとびっくりしたように目を見開いて、それから優しく顔を綻ばせて目を細める。あ、この顔可愛くて好き。



「ハンドクリームって、つけたあとスルスルして気持ちいいね」
「するするって、俺あんまり言わないな。すべすべじゃないの?」
「えー、スベスベとはちょっと違うよ」
「そうかなー」



佐助の手は大きいねーと言いながら、指のさすったり、握ったり開いたり。佐助は「の手が小さいんだよ」って言うけど、わたしの手はそんなに小さくはない。やっぱり佐助の手が大きいんだ。
佐助はなんだか眩しそうにわたしの手を見て、まるで壊れ物に触れているかのように指を撫でてきた。そんな風に触られたら、自分がとっても高価な宝物であるかのような錯覚に陥りそうになる。



「これからは、俺が毎日クリーム塗ってあげる」
「あらら、ご主人様孝行?」
「そ。俺イイコだからね。それに、あかぎれ髪に引っかかると、俺も地味に痛いし」
「なあに、結局じぶんのため?」



得意気な表情をするペットの眉間をツンと小突く。「そんなことないさ」と、佐助は小突かれた額を押さえた。



「全部、俺の愛しいご主人様のためです」
「あたしの?」
「そう。のため。こんな健気で良いペットなんて、世の中探したって俺以外どこにもいないよ。だからもっと俺のこと可愛がって?」



指を絡ませながら、佐助は甘えた声で上目遣い。
自分がどうすれば可愛がってもらえるか知っている、狡賢くて愛しいペットが強請るから、ご褒美にその鼻の頭にキスをしてあげた。

冬は好きだ。乾燥した寒い夜には、佐助が優しく手にクリームを塗ってくれるから。
忌むべきあかぎれ、可愛いペットがいればそれもまた冬の楽しみのひとつになりうるのだ。











(071219)