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俺は今、とある女のひとに飼われている。 飼い主様の名前は。アプリコットブラウンの髪に白い肌が綺麗な、それ以外は別に特徴らしい特徴の無い(といったら失礼だけど)なんてことはない普通のOLだ。 そんでもって、俺はどこにでも居る普通…ではないな、ちょっと異質な大学生。奨学金貰って大学に在籍してはいるものの、出席日数はいつもギリギリ。試験はちゃんとイイ成績をとっているから評価は悪くないけれど。 どうして俺が彼女に飼われることになったかって? そりゃあ…まあ面倒くさいから説明は省くけど、一言で言うならば成り行きだ。 ちなみに白状すると、女のひとの家に置いてもらうのはこれが初めてではない。今までもずっと、何人か女の人の家で世話になっていた。具体的に何人か?途中から数えてないけれど、とりあえず片手の指だけでは足りないことは言っておく。 でも、ペットとして世話になるのはこれが初めてだ。 今まではちゃんと、人間の男として置いてもらっていた。当然のことながら、一人暮らしの女の家に世話になるのだから、「そういう関係」にもなったりしていた。というか、むしろそれが宿代だったと思う。 だが、どういう因果か、今回は今までと少しだけ勝手が違う。は俺に、夜の相手は求めていない。耳元で甘い言葉を囁くことも求めていない。ただ純粋に、ペットとして振舞うことだけを求めているのだ。 ペットに、と言い出したのは俺だけど、正直最初は対応に困った。男として、女の人を喜ばせたり満足させたりすることには自信があったし慣れてはいたけれど、ペットとなると話は別だ。 数週間の悪戦苦闘、試行錯誤の末、俺はペットの極意を習得した。 ペットの極意、それは従順と癒しだ。それさえきちんと守っていれば、飼い主の機嫌を損ねることは無いと言っていい。 どうすればが「癒されてる」と感じるのか、どうすれば腹を立てるのか、喜ぶのか、まずそれを知ることが大切だ。元来彼女は感情とかが表出しやすい人間だったし、元々洞察力に優れた俺の手にかかれば、彼女を知ることは造作も無かった。 にこにこと笑って従順な態度をとっていれば、はすぐに警戒心を解き、この歪で馬鹿馬鹿しいペットライフ…もといご主人様ライフを楽しむようになった。俺も、このごろかなりペットが板についてきたように思う。可笑しな話だけど。 慣れてみれば、ペットというものもなかなか気楽だ。嫉妬深い女の汚い部分に触れることもないし、犬猫と同じなのだからは気を使わずに実に自然体で接してきてくれる。これは心地よかった。媚びたような声も、誘う指先も何にも無い。あるのはただ、惜しみなく注がれる偽者の愛情と、温かい腕。彼女は俺に特に何も求めていないから、俺も気兼ねすることなく割りと好き勝手できる。気楽で気軽な、ふわふわした生活だ。 「ごめん佐助、今日遅くなるから先に寝てていいよ」 朝、いつものように見送りに玄関先に出て行くと、がパンプスを履きながらそう言った。 ここで、ペットとしての力量が試される。愛されるペットになるためにはコツが必要なのだ。 「…そっか。わかった」 普段よりも少しだけ声色を落として、小さく笑って返事をする。「寂しいな」という意思表示だ。 直接寂しいよーなんて、絶対に言わない。寂しいけど、我慢するよ。っていう健気さを出すのが最大のポイント。 勿論、直で寂しいって言った方が効くひともいるのかもしれないけれど、には断然こっちのほうが有効だ。 ほら、パンプスから顔を上げて、が申し訳なさそうな顔でこちらを見ている。こういう時のの表情は、俺なんかよりもずっとずっと犬っぽい。俺よりもずっと寂しそうな表情をして、こっちを見てくるんだ。 「ごめんね、なるべく早く帰るから」 「ん、いーよ。俺のことは気にしない」 ほら、電車に遅れるよ。いってらっしゃい! 声色をいつもと同じトーンに戻して、の背中を押してやる。は振り返っていつものように俺の頭を撫でようと手を伸ばす。俺は彼女が撫でやすいように、腰を折ってすこしかがんだ。 「行ってくる」と一言、は頭をかき回して俺の額に唇を押し当てた。ペットへの親愛の情のつまったキス。 俺は実は、結構これが好きだったりする。その先を求めない、単調な愛情のつまったキスだ。何にも気兼ねなく受けることのできるご褒美のようなもの。彼女が首にすこしだけつけている香水の匂いが鼻をくすぐる。 ドアを開けて、がエレベータに乗ったところまでちゃんと見送る。エレベータのドアが閉まる直前の表情は、やっぱり寂しそうだった。 ああほんとうに、なんて可愛いおばかさん! 俺の計算ずくの行動にいとも簡単に騙されて、狙い通りの結果を出してくれる。 彼女は今日、夜遅くになんて帰ってこない。きっと死ぬ気で仕事を終わらせて、もしくは友達との飲みを断って、いつも通りの時間に帰ってくるだろう。帰ってきたら、彼女がドアを開けるその前に、俺がドアを開けて迎えてやるのだ。 驚いた、早く帰ってきてくれてとっても嬉しい!という態度でね。 あんたの望む優秀なペットを、今日も上手に演じて見せるから。 行ってらっしゃい、俺の可愛いご主人様。 (071219) |