数週間前から、ペットを飼い始めた。
とても珍しいペットだ。多分、自分以外にこの種族を飼っているひとはいないんじゃないかと思う。
世界は広いから、多分わたしと同じように飼っている人たちがいるんだろうけれども、この辺には絶対居ない。そう思う。
わたしのペットは毛並みがオレンジ色に近い茶色で、ちょっぴり狡賢くてお茶目で頭のいい、躾の良く行き届いた一級品だ。歳は不明。性別は男。


種族は、人間。


名前を佐助という。
どうして、人間であるわたしが、人間である彼を飼うことになったかって?
それは、とてもじゃないが一朝一夕には語れないエピソードがある。まあそんな長い話ではないけれど、異質な出会いではあった。彼とわたしの出会いについては、また次の機会にお話しよう。
当然のことながら、最初は人間である彼を「飼う」ということに抵抗があった。だが、慣れというのは恐ろしいものだ。今じゃ、佐助をペット呼ばわりすることになんの違和感も抵抗も感じない。これって、世間的にはすごくおかしいことなんだろうけど。

飼う、といっても、勿論奴隷とか下僕とかそういうんじゃあない。囲ってるわけじゃないから、身体のお付き合いもない。純粋なペット。犬や猫と同じ扱い。わたしにとって、彼はただただ可愛いだけの愛玩動物(人間だけど)なのだ。



「おかえり、



仕事から疲れて帰ってくると、わたしがドアを開ける前に、佐助が中からドアを開けてくれる。これが日常になった。
最初はとてもびっくりした。なんで帰ってきたことが分かったんだろうって。
「足音がしたから」と佐助は笑っていた。足音だなんて!犬猫じゃあるまいし、他の住人も住んでいるこのマンションで、わたしの足音を判別することなんて可能なんだろうか。だいたい、ドアを開けたら実は違うひとでした、とかだったらとんでもなく恥ずかしい思いをするだろうに。でも佐助は「だって俺、のペットだからね。足音聞けばすぐにわかるよ」と何でも無いことのように言っていた。

佐助がうちに来てから、わたしの生活は変わった。まず、夜に出歩くことが少なくなった。遅くまで友達と飲む回数も減ったし。合コンもご無沙汰。一人暮らしの女がペットを飼うと彼氏ができなくなるっていうのは事実なんだということが分かった。だって、家で一人で待っているコがいると思うと、夜に出かけても気になってあんまり楽しめなくなってしまう。あーあ。重症。



「ただいま佐助ー」



玄関先で、靴を脱ぐよりも先に、佐助の頭を撫で繰り回す。
佐助はわたしよりも背が高いから、そのままだと手が届きにくい。だから佐助はわたしのために、すこしかがんでくれるのだ。佐助は、ペットとしての自分の役割をとても良く理解している。朝はお見送り、夜はお出迎え。何をしていても名前を呼べば「なーに?」と近寄ってくるし、わしわしと頭を掻き混ぜられても文句も言わない。
髪がぐちゃぐちゃになるーとか言いながら、嬉しそうに顔を綻ばせるのだ。

ソファに座ってテレビを見ていると、いつのまにか足元に座っていたりする。佐助は、わたしが横においでと声をかけた時以外は、ソファには座らない。佐助ひとりの時は普通にソファに座っているけれど、わたしがソファに座っている時には、彼は床に座るのだ。何でだろうと疑問に思っていたのだが、最近理解した。

ソファの下に座ると、丁度わたしが手の置きやすい位置に、佐助の頭がくる。彼がソファに座ると、当然のことながら佐助の方が座高の方が高いから、わたしが佐助の頭をぐりぐり撫でたいと思っても、手を伸ばすのが大変でなかなかできないのだ。ソファの下に座ると、丁度いい場所に佐助の頭があるからいつでも撫でることができる、てわけ。

佐助の髪の毛はちょっと硬くてごわっとしてるけど、その感触が好きだ。わたしが佐助の頭を撫でるのが好きだと知っているから、彼は今日もソファの下、固い床の上に腰を下ろす。


テレビの中ではキャスターが7時のニュースをお伝えしている。
まだ、夕飯の準備はしてない。5分間テレビを見たら準備をはじめよう。たしか、イカとブロッコリーがあったはずだ。ご飯炊くのも面倒くさいからパスタにしよう。そう思いながら、鼻をすすった。

最近、とっても寒い。風邪をひいたというわけではないけれど、昨日から鼻水が止まらない。
ぐずぐずと鼻をならしながら、ソファの上に身を横たえてクッションに頭を沈める。このフカフカのクッションは、の大のお気に入りだ。何しろ高校時代からずっと使っていて、親元を離れるときに持ってきてしまったほどにお気に入り。



「鼻、とまんないねえ」



佐助が、ソファに頭を預けながらこちらを向いて、風邪なんじゃないの、と聞いてきた。
風邪じゃないよと返すと、佐助は「風邪引き始めのひとって、みんなそう言うんだよね」と言って困ったように笑った。

五月蠅いなあ、と口を尖らせながら、佐助の頭に手を伸ばす。いつものように、そのちょっと硬い髪の毛を指に絡ませながら頭を撫でると、佐助は気持ち良さそうに目を閉じた。ほら、こんなところなんて本当に犬みたい。人間も犬も、根本のところで同じなのかもしれない。撫でられれば嬉しいし、美味しいものを食べられれば幸せだし。
「そんなに撫でられたら、俺いつか禿げちゃうよ」と佐助が眉をハの字にしながら言うから、それはちょっとやだなあと思った。

時計は19時6分。ああ、そろそろ晩御飯の準備しなきゃ。佐助だって、口には出さないけれどもきっとお腹すいてるに違いない。彼は良く出来たコだから、仕事で疲れて帰ってきたに、早くご飯つくってーなんて要請はしない。

でもあと10分だけテレビ見よう。そう思って、ソファの上に寝転がったまま、テーブルの上のリモコンに手を伸ばす。
テーブルの上には、の会社用のバッグとか、読みかけの雑誌とか、ティッシュの箱とかが置かれていた。何でもテーブルに置いてしまうわたしの悪癖のせいで、目的のリモコンは遠くティッシュ箱の後ろ。ううーんと手を伸ばしても、ぜんぜん届かない。それを黙って見ていた佐助が、おもむろに手を伸ばしリモコンをとって、わたしの手に握らせた。

ちょっと驚いた。物が散乱しているこのテーブルの上で、どうしてこのリモコンを欲しているとわかったんだろう。リモコンはティッシュ箱の後ろにあったから、佐助にはわたしがティッシュに手を伸ばしているように見えたはずだ。ちょうど鼻も出てるし。だけど佐助は迷わずリモコンを選んで、取ってくれた。


「なんで、わかったの?」
「え?」
「リモコン」



佐助は質問の意図が分からずきょとんとしている。「なんで、リモコン欲しかったってわかったの」ともう一度言い直すと、今度は、ああなんだそんなこと、っていう顔をした。



「そりゃあわかるよ、俺いつものこと見てるから」



偉いでしょ、俺って。
そう言って、まるで褒めて褒めてってしっぽを振っている犬みたいに、佐助は甘えたような顔で笑った。
その姿に、なんでかよくわかんないけれども、きゅんと胸が甘く痛くなって、そして次に猛烈に愛しさがこみ上げてきて、わたしはソファに凭れ掛かっていた佐助の頭をぎゅう、と胸に抱え込んだ。
「苦しいでも気持ちいい」と呻く佐助の頭を、めちゃくちゃに撫で回す。



「佐助、可愛い。お利口さん!」



撫で回してぐちゃぐちゃになった髪の毛、その頭のてっぺんにキスを落とすと、佐助は「へへ」と満足そうな声を出してわたしの身体に腕を回してきた。

ああもう、なんて愛しいわたしのペット!










(071218)