12月16日

たまに、ものすごく昔に戻りたくなることがある。
まだ俺もも洟垂らして遊んでたころ…これは言い過ぎか、でもそんくらい餓鬼のころに戻りたくなる。
理由は色々。
あのころは色んなこと考えなくて良かったし、毎日がもっと鮮やかで楽しかったような気がする。
めんどくさいベンキョーとかも無かったし。
それから今俺の部屋にいる、というかまあ正確には俺の脚の間にいるというかなんというか、まあそこにいるも、戻りたい理由のひとつ。
一緒に外を走り回って土まみれになりながら虫を捕まえてた子供は、もうどこにもいなくなってしまった。
俺もも昔と比べれば随分と大人になってしまって、こんなことをしてしまう間柄になってしまった。
いつから、どういう経緯でとこういう事をするようになったのかは覚えてない。
恋人同士というわけじゃない。でも、もうただの幼馴染ってわけでもない。
曖昧で脆い、随分と危うい関係だ。

日曜日、天気の良いこんな真昼間に、俺の脚の間でとても親にも友達にも言えないようなことをしてくれちゃってるを見下ろして、ぼんやりと、一体いつこんなことを覚えたんだろうかと考えた。
多分、いや間違いなく教えたのは俺なんだろうけれども。

黒い頭を撫でてやると、は目線だけをこちらへ寄越した。
口では言わなかったけれど(口塞がってるから当然か)その目が気持ちいいかと聞いていたから、素直に気持ちイイって答えると、はなんだかすごく嬉しそうな顔をした。
俺はといえば、その顔を見て嬉しいどころかものすごい罪悪感を覚えてしまった。
隣に住んでた可愛いだけの幼馴染だったを変えてしまったことに。

それもこれも全部俺達が大人になってしまったせいだ。
細っこい餓鬼だったの身体が丸く柔らかくなって、俺だけが見ていた筈のに他の男の視線が向けられるようになったのも、昔と変わらない顔で笑うに対して、昔とは違う口には出せないような感情や考えを抱いてしまうようになったのも、全部全部俺達が大人になってしまったせいだ。

は優しいコだと思う。
それもまた気に食わない理由のひとつだ。
その優しさが俺だけに向けられていれば全然問題ないんだけど、残念ながらそうではない。
は誰にだってわけ隔てなく優しい。にこにこと、他の男に笑いかけているのを見るとイライラする。
やめろって、そいつはお前を狙ってんだぞ。シタゴコロ見え見えじゃん。男っていうのはそういう生き物なの!
ほらそうやって、お前はいつも無防備すぎるんだよ!
と、そこまで考えて気付くんだ。
俺もシタゴコロ見え見えの男子の中の一人だってことに。
しかも、手をつけちゃってるだけ他の奴よりまだ悪い。
まして恋人同士だというのならばいざ知らず、幼馴染というポジションを利用して!

ああ戻りたい戻りたい。
やましい考えも何も持ってなくて、ただ一緒にいれれば満足だったあの頃に。
理由なんてなくてもいつでも会えて、を見ているのは世界中で俺だけだと思っていたあの頃に!

だから、全部が終わった後に、頬を紅潮させながら口を拭うの前で、ついうっかり言ってしまったのだ。



 ・・
「こうなる前に戻りたい」



と。

最悪な発言だった。
よりにもよってこのタイミングで言ってしまうとは。
やっべ、と思ったときにはもう手遅れだった。
の表情がみるみる変わって、青ざめた。
俺もたぶん、青ざめた。
やべえやべぇってまじでまじでまじで!















12月18日

結局この間、は何も言わずびっくりするくらいの速さで身支度をして部屋から出て行ってしまった。
しくじった。
大失態だ。
今まで色んな女の子と付き合ってきたけど、こんな最悪な失敗をおかしたことなんて一度も無い。
なんで言っちまったんだ、俺の口よ。しかもあのタイミングでなんて、本当に有り得ない。

案の定、は俺と目すら合わせなくなった。
小学校から毎日一緒に登校していた筈なのに、今日も昨日も会わなかった。
新聞を取りに玄関先に出ていたの母親にばったりと出くわして、「あら佐助君おはよう。なら、今日は朝練に行くって先に出て行ったわよ」と言われた時には、くっそやっぱりか、と思った。
俺とは同じ部活に入っている。
でも、朝練なんてそんなものはない。
明らかに避けられている。

学校ですれ違っても、一言も声をかけられない。
おはようの挨拶もなし!
その癖、俺以外の人間には普通ににこやかに挨拶をしている。(いや当然か)
いつも一緒にいる人間が離れているとどうしても周りの目についてしまうようで、前田のには「なんだなんだ夫婦喧嘩か?」と茶化されてしまうし、旦那は旦那で「おい佐助、お前殿に何をしたのだ」とか聞いてくる。
何をしたのかってそりゃもう、言えるわけないでしょーが!

で、俺がの周りに居ないもんだから、これ幸いと他の男子が近付いていってる。特にの後ろの席に座ってる男。

ああもう気に食わない。ていうか近い。近すぎんじゃないの、それ!離れろよ!
に近付くなって!」と大声で言ってやりたいが、そう声をかける理由もない。
だってはただの幼馴染で、俺の彼女じゃないから。
いや、それどころかもう幼馴染ですら無くなってしまった。
机に突っ伏したくなった。














12月20日

冷戦4日目。
の、目に見えない防護壁を破ることができません隊長。
こちら、戦意を喪失しつつあります。













12月21日

「そういえばもうすぐクリスマスじゃん。どーすんの?」と、にやけた顔で前田のが聞いてきた。
すっかり忘れていた。それどころじゃなかった。某はお館様のお宅にうんたらかんたらと言っている旦那のことは無視する。
毎年クリスマスにはちゃんと彼女いたし、クリスマスどうしようなんて考えなくても自動的に予定が埋まっていたから、気にもしなかった。
やべ、この流れだと初の寂しいクリスマスなんじゃないの、俺。

少し離れた席で、クラスの女の子達が数人集まって雑誌を読んでいる。
その中にはの姿もあった。
ページをめくる時にチラッと「今年のクリスマス、気になるあの人をどうやって誘う?」みたいな見出しが見えた。
あれはナイ、これはアリだ、みたいな議論が繰り広げられているようだ。
それに同意したり、反対したりと忙しいの横顔をぼーっと眺めていると、不意にが横目でこちらを向いた。
ばち、と音がしそうな勢いで目があって、同じくらいの勢いで目を逸らされた。
普通なら、お、照れてんのかねとか思っちゃうところだけど、生憎と状況が状況だ。
あちゃー、こりゃ完璧に嫌われちゃったかね。
それより何より、は誰か誘う予定があるのかどうなのかが気になる。
どーしよ、もう既に他の男との予定入ってます的な展開だったら。

今年のクリスマスはクソスマスになる予感がする。












12月23日

バイト先の友人に、24日変わってくれないかとの連絡が入った。
随分と急な話だ。
普段なら、冗談!なんでクリスマスにバイトなんかと一蹴してやるところだが、なんだかもう気力とか色んなものを失った俺はうっかり「いいよ」と返事を出してしまった。
クリスマス、予定なら入れられないこともない。
現に計3人の女の子からお誘いを頂いた。
でも、それに乗る気も起きなくて丁重にお断りしてしまった。
伊達の旦那には「あーあ、勿体ねえ」と言われた。俺もそう思う。
結構可愛いなと思ってた子だったから、の一件が無ければ迷わずOKしていただろう。

とは未だ、一言もしゃべっていない。
が他の男と話しているのを見るだけで、それが旦那とか凄く近しい間柄の人間であっても、頭を掻き毟りたくなるくらいイライラする。
ああそう、これが高名な嫉妬という感情だというわけね。
今まで、嫉妬されることはあってもすることなんてなかった。
人生初体験なんじゃないの、これ。

が、後ろの席の男にノートを貸している。
近い近い、だからお前まじ離れろって!












12月24日

あー馬鹿らしい。
とうとうクリスマス当日がやってまいりました。
自分が決めたこととはいえ、やっぱりあの子の誘いOKしておけば良かったとちょっと後悔する。
夜の街は恋人達で溢れていて、なんとも明るい音楽が流れている。
対して俺の心は大嵐。とっとと終われと、時計と睨めっこするのに忙しい。

拷問みたいな時間が過ぎて、ようやくバイトが終わったときにはもう夜の11時を過ぎていた。
さようなら、俺の聖夜。
息が白くて寒さで耳が切れるようだ。
いい具合に雪もちらついてきて、テンションも急降下。
そこで、もうこれ以上ない程に下がっていると思われた俺のテンションを、さらに奈落に突き落とすような光景を目撃した。

そこに居たのは、…と、の後ろの席に座っていたあの男。

一瞬、頭が真っ白になった。
12月24日、夜の11時。そんな時間に二人で居るということは、もうそういうことだとしか考えられない。
え、ちょ、なんで?お前らそういう関係だったの?
心の中で困惑とか怒りとか哀しさとか、なんだかよく分からない感情が荒れ狂った。
耳鳴りがしそうだ。頭に血が上るっていうのは、こういう状態を言うんだろう。
全身の血がてっぺんに上って何も考えられなくなって、手足がすーっと冷たくなる。

が笑う。隣の男も笑う。
俺の中で燻っていたものが一気に爆発した。


やめろ、笑いかけるな。触るな。それは、それは、俺のもんだ!


気が付いたら俺の足は勝手に二人の元へと駆け出していた。
「あ、」と最初にが気付く。遅れて、隣の男も気付いてこちらに視線を寄越した。
よ、と手を挙げてにこやかに挨拶してきた男を無視して、の手首を引っ掴む。
そして、そのまま強く細い手首を引いて歩き出した。
「ちょっと、佐助!」とが叫ぶ声と、後ろから「あ、おい猿飛!」という男の声が聞こえたが、それも全部無視して足を進めた。

むかつきとか、なんかそういう負の感情が一気に押し寄せてきて、喉が詰まった。
それと同時に、何やってんだ俺、という冷静な自分がこの行動を止めようとする。
最悪だ。
俺はの彼氏じゃなくて、はたぶん新しくできた恋人とクリスマスを楽しんでいた最中で、そのうち二人は今まで俺とがしてきたような気持ちイイことだってするようになって、二人で学校とか行っちゃうようになって、そして、俺とは幼馴染でも友達でもないただの他人になるんだ。

(冗談じゃないっつうの!)

誰がくれてやるものか。も、このポジションも。
生まれてから今まで、物心ついたころからずっと一緒にいたのだ。
とヤラシイ事出来るのは俺だけでいいし、のちょっと散らかった部屋に入れるのは俺だけでいい。
一緒に学校行くのも、クリスマスの夜を過ごすのも、幼馴染も、恋人も、全部全部俺だけでいい。



「痛い、馬鹿佐助、離しなさいよ!」



大分歩いたところで、に強く手を振り解かれた。
あの男は、付いて来てはいない。
競歩かよくらいの勢いで歩いてきたから、にとっては辛かったんだろう。
は肩で息をしながら、強い目で睨みつけてきた。
違う、そんな目で見て欲しいんじゃない。
昔みたいに、信用しきった目で、俺と一緒にいるのが楽しいんだって言っていたあの目で。



「どういうつも…」
「俺は!」



ああもうなんだってこんなことに!
心の中で悪態をつくが、もうどうしようもない。



「俺は、が好きだ。すげー好き、ほんとに好き、誰よりも好きだ。と一緒にいられるだけで幸せな気分になれたけど、でもそれだけじゃどーしても足りなくなって、に触りたくて、だけど恋人とかになってもう幼馴染でいられなくなんのも嫌だったし俺以外の男とが付き合ったりすんのももっと嫌だし、あの時戻りたいって言ったのは、やましい気持ちとか嫉妬とかそういうの感じることのない子供のころに戻りたいっていう意味で…っ」



声を荒げるを遮って、一息に言葉を吐き出す。
なんてこった。この、俺が。
うまく言葉を纏めることもできずに、まるで駄々をこねる餓鬼のように心の内を全て曝け出す。
こんなの、歴代の彼女達が聞いたら噴き出すだろう。
いつでも女の子の望む言葉と態度でかっこよく決めてきたこの俺が、こんな醜態を曝しているこの状況を見て。



「だから、ああもうなんていうか…!」
「佐助」



ぐしゃぐしゃと頭を掻きながら言葉を捜す俺を、が柔らかく制止した。
佐助、と俺を呼ぶ声。
物心付いた時から今まで、毎日欠かさず聞いてきた声だ。
でももう、聞くことなんてできないと思ってた。
スポンジに染み込む水みたいに、が呼ぶ声が心にじんわりと染みてくる。
頭に上った血がだんだん手足に戻っていく感覚。

佐助ともう一度が呼んで、がし、と俺のジャケットの襟を掴んだ。
そのままぐい、と引き寄せられて、視界を占拠するの顔。
唇に柔らかいものが押し当てられて、頭がまた真っ白になる。

まるで小学生みたいなキスだ。
それが、どうしようもなく愛しくて、そのまま目を細めての背中に手を回した。
の背丈は小さいから、ちょっと腰を曲げなきゃならなくて辛い。
でもそんなことは苦にもならない。

俺の幼馴染は、子供みたいなキスひとつで俺の心の中の暗雲を根こそぎ払って、日の光を見せてくれた。



「メリークリスマス」
「…メ、リークリス、マス」



吐息がかかるくらいの距離で、クリスマスの常套句を言われて、思わず同じ言葉を返す。
現金なことにキスひとつで先程までの混乱とかいらつきとかは全部吹っ飛んだものの、の真意が分からず困惑する。
それが露骨に顔に表れていたんだろう、「変な顔」と言っては笑った。



「佐助にさ、クリスマスプレゼントあげるよ」
「…?」
さんを恋人にできる権利」
「!」



どうする?そう言って、は幼い時と同じ、悪戯っ子みたいな顔をした。
良いこと思いついた、佐助。そう言っていた時と同じ表情で。

ああ、同じだったんだと気付く。
大人になって、身体つきも話かたも変わってしまったけれども、でもやっぱり変わってない。
は相変わらず、俺と一緒に居ると楽しいといって笑ったあの時の女の子のままだ。
変わってしまったのは不埒なこの俺の心で、欲望に曇りきった目は真実を隠してしまっていたというわけ。



「是非、頂きたいです」
「どうぞ、差し上げます」



なんて嬉しい贈り物。
二人しておでこをくっつけあって笑った。

時計は23時51分。
滑り込みセーフで、俺は今年も恋人のいるクリスマスを得ることができた。
いや、今年も、じゃないな。
生まれて初めて、ほんとに好きなひとのいるクリスマスを過ごすことができたというわけで。











12月25日

清々しい朝だ。
結局というか勿論当然というか、俺達は家には帰らなかった。
どうやら、あの後ろの席の男と一緒にいたのは単なる偶然だったのだという話だった。
まああの男にとっては偶然じゃあなかったんだろうけれども、それは言わないでおく。
何と嬉しいことに、は昨夜、俺のバイトが終わるのを待って告白してくれる気でいたらしい。
ひとりで突っ走っちゃった俺ってばかなり滑稽。

朝起きて、が恋人として、横でアホ面全開で寝ているということがどうしようもなく幸せだった。
神様キリスト様ありがとう。
信者とかそういうのじゃないけれど、本気でそう思った。


ああ、それから、前言撤回。

が変わってないってのは嘘。餓鬼の頃に戻りたいなんてのも嘘。

変わる年月って素晴らしい。
変化って素晴らしい。
オトナって、ほんと素晴らしい。

そう思った熱い夜でした。

以上!














(071216フライングクリスマス)