料理に興味があること。
ブラックジョークが好きなこと。
新しいものに目が無いこと。
天才肌ではあるけれど、案外努力家であること。
愛煙家であること。
意外に筆まめなこと。

この世界に来て初めて知った、歴史の教科書になんて出てこなかった、伊達政宗の裏の顔だ。
の中で『歴史の偉人伊達政宗』がだんだんと崩れて、その代わりパズルのピースを埋めていくように新しい『伊達政宗』が組み上げられていく。
ピースがひとつ見付かる度に嬉しくて、その度にひとつずつ彼の秘密を暴いているような気持ちになって、一生懸命に次のピースを探す自分に気が付いたのはいつのことだったか。



暴く女




「…で、アンタはそこで何してんだ?」
「暇なので、遊びに来ました。構ってください」
「Ha,奥州筆頭に暇潰しの相手をさせようとは良い度胸じゃねえか」
「度胸のある女が好きなんでしょ。構ってください」
「見ての通り、生憎俺は暇じゃねえんだよ」


他を当たりな。
そう言って、政宗さんはまた文台へと向かった。
後ろから覗き見るが、こちらの時代では「美しい」と評されるであろう達筆な流れるようなその文字は、から見れば授業中眠くてどうしようもない時に書いたミミズ文字に等しく、読むことができなかった。
すらすらと墨を走らせる政宗さんの後ろでその作業をじいと見ていると、彼は「なんだ、まだ何かあんのか」と紙から目を離さずに問いかけてきた。


「暇です」
「しつこいぞ。良直あたりに遊んでもらいな」
「良直さんも左馬助さんも孫兵衛さんも文七郎さんも忙しいそうです」
「小十郎はどうした」
「怖くて遊んでなんて言えません」


政宗さんはようやく顔を上げて薄笑いを浮かべながら「小十郎には怖くて言い出せないくせに、俺には言えんのか」と言った。
声を出さずにひとつ頷くと、彼は面白そうに笑った。


「私を拾ったのは政宗さんなんだから政宗さんが面倒みてください」
「口の減らねぇ女だな」
「拾ったら生物はちゃんと世話しろって、言われませんでした?昔」
「生憎と、生物拾ったのはお前が初めてだ」


書きかけの手紙をそのままに、政宗さんは身体ごとこちらに向けて、脇息に肘をついた。
その仕草ひとつすら洗練されているように感じられるのは、が彼のことを憎からず思っているからなのか、それとも戦国時代の人というのは総じてそんなものであるのか、はたまた彼の身分の高貴さが滲み出ているということなのか。


「アンタも変わった女だな。拾っただのなんだのと…犬猫でもあるまいし」
「犬猫でいいですよ。どうせなんの仕事も出来ないし飼われてるみたいなものでしょ」
「そうかい。じゃあ犬猫らしく、庭で遊んでな」
「わんわん遊んでください」


そう言うと、彼は声をあげて笑った。そうして「俺は猫のほうが好きだ」と言うから、じゃあにゃーんとでも鳴けばいいのかと思った。
実際のところ、が本当に頼ることのできる人間は限られている。
突然こんなところに飛ばされて行くあてもなく彷徨っていたを拾った、この国で一番の権力者である政宗が、今のところが真の意味で頼ることのできる唯一の人間だった。


「で?何をする。一国の主で遊ぼうってんだ、つまんねえことなら承知しねえ」
「え…?」


まさか本当に遊んでくれるだなんて思っていなくて、一瞬固まってしまった。
実際、何をしたいかなんて考えていなかった。
政宗さんが少しつまらなそうに眉を顰める。ああ、ちょっと呆れているんだ。
「なんだ、何も考えてねえのか」
それ以上彼の顔が詰まらなそうに歪む様子を見たくなくて、は咄嗟に口を開いた。


「ま、政宗さん探し」
「………隠れ鬼か…?」
「あ、違います。かくれんぼじゃなくて…」


咄嗟に出た言葉がこれだなんて、自分で自分を殴りたくなる。
「政宗さんの秘密探し…なんつって…」
小さく呟いた声は、静かな部屋のなかに間抜けに響いた。
彼の顔を見れなくて、ただじいと畳の目を数える。
大体、秘密探しってなんだ。


「アンタ、俺を暴きたいのか」
「あば…!いやそういうわけじゃないですけど!」


政宗さんは脇息に頬杖をつきながら、にやにやと笑っている。
少しの沈黙の後に「いいぜ」という随分軽い声がした。


「え?いいんですか?」
「嫌なのか」
「え、ぜ、全然嫌じゃないです」
「で、アンタは俺の何を知りたいんだ?」


煙管に火を入れて、政宗さんは行儀悪く足を崩す。
何を知りたい、と言われてもちょっと困った。


「ええと…」
「Stop!アンタばかり知るんじゃ、不公平だろ?」


ふう、と煙を吐き出しながら、政宗さんが指を一本立てて見せた。
節くれだった指だ。妙な場所に胼胝があるのを発見した。きっと、刀を三本持つときに出来た胼胝なのだろう。


「俺が一つ答える度に、アンタも俺の質問に一つ答えろ」
「え…」
「いいだろ?」
「いいですけど…わたし別に秘密とか無いですよ」


には特に隠していることもないし、政宗さんが喜ぶようなネタも持っていない。元の世界のことは粗方喋ってしまったし、経歴も生まれも、嘘偽りなく話した。
政宗さんは、ホラ俺に聞きたいことがあるなら聞けよ、とばかりに顎をしゃくって見せる。
せっかくのチャンスなのだ。前から気になっていたことを聞くチャンス!…ではあるのだが、特に何も出てこない。ううんと唸りながら考えて考えて、ずうっと気になっていたことを聞いてみた。


「…政宗さんはいつお嫁さん貰うんですか?」
「Ah?…そのうちな」
「戦国時代のひとって、普通そろそろ結婚してるころじゃないんですか?」
「アンタはどうなんだ。見たとこ十七、八だろ。そろそろいき遅れるぞ」
「な…!わたしの世界ではこの歳で未婚普通ですよ!」
「そうかい」
「じゃあー…こ、恋人とか居ないんですか?」
「いねぇな」
「うっそだ!絶対いるでしょ、どこかの可愛い女の子二、三人くらい手篭めにしてそうだもん!」
「……アンタほんとに女か?」


政宗さんがちょっと呆れたような顔をしているのを見て、ああそうかこっちの貞淑な女の人達はきっとこんな話なんてしないんだ、と思い至った。


「アンタは?居るのか」
「え?えーあたしはー元の世界に…」
「まあ、居る筈もねぇか」
「失礼な!」
「居るのか」
「…いません…」


ほらな、という顔をされて、ちょっとプライドが傷つけられた。
政宗さんはまた煙管を咥えて長く吸い、そうして吐いた。白く翳った煙が吐き出される。
「他には?」
と聞かれて、また悩む。
いざ「何でも聞いていい」と言われても、やっぱり思い浮かばない。

畳を見て、外を見て、それから気だるげに脇息にもたれる政宗さんを見る。
その、隠された右目にちらりを目線を向けた。刀の鍔で隠された右目。
は史実になんて詳しく無いから、伊達政宗という男がどんな生涯を辿ってきたのか全く知らない。その目がどうして失われたのかも、全く知らない。
そういう意味ではそのエピソードこそ最大の「知りたい秘密」になるのだけれど、こんなところで軽々しく聞いていい話題ではないような気がする。

その視線に気が付いたのか、政宗さんがにやりと笑って、自分の右目を隠している黒い鍔をとんとんと指先で叩いた。


「これが気になるのか」
「あ…いやー…」
「疱瘡でやられた。邪魔だから小十郎に切らせた」


随分重い話なような気がするのだが、政宗さんは事も無げにそう話した。
まるで、世間話でもしているような調子だ。全く気にしてもいないような調子。
おまけに「この目と病のおかげで、母親にも随分疎まれたな」なんて言うものだから、どう反応して良いやら分からず、は黙ってしまった。
気にしていない様子だから普通にしていればいいのかもしれないけれども、なんとなく、居心地が悪い気分になった。

じい、と鍔を見つめる。切らせた、ということはそこにもう眼球はないのだろう。



「見たいか」



にやりと笑う。
その様子が、まるで「見ろよ」と言いたげだったから、は素直に頷いた。
すると、彼はこちらの手を取って引き寄せて、頭の後ろへと導いた。
導かれたそこに手をやると、眼帯の止め具の感触がする。
「外せよ」と言われるままに、ぱちりと外す。
途端に眼帯は緩んで、彼の膝の上にぽとんと落ちた。

目があったはずのそこには、確かに眼球はないようだった。
目を切ったときにちゃんとした処置をしていなかったのか知らないが、目蓋は癒着してしまってもう開かないようだ。その、肉芽の盛り上がった傷痕になった目蓋は少し窪んでいて、眼球の丸みなんてどこにもなかった。


「痛いですか」
「痛くねえ」
「なんか…政宗さん、あんまりこういうの気にしない人なんですね」
「何がだ」
「普通、こういうのって隠したがるものなのかと思ってました」
「これは今の俺を作ったもののひとつだ。不可避の通過点だったと言ってもいい。隠すものでも何でもねェよ」
「そういうもんですかね」
「あァ、そんなもんだ」


そうっと触ってみると、ほんの少しだけ、ぴくりと彼が反応した。
痛かったのかと思って覗き込んでみると「普段触らねえところだからな」と返って来る。
知らないうちに息を止めてしまっていたようで、吐き出した吐息がまるで溜息のようになった。
最大の秘密を、こんな形であっさり知ることになるなんて思っていなかった。
今までちょっとずつ組み上げてきたパズルが誰か他の人に完成させられてしまったかのような、なんだか達成感のあるようなないような微妙な気持ちだった。


「で?」
「え?」
「俺が普段人目に曝してねぇモンを暴いたんだ。お前も何か曝さねえとfairじゃねぇだろ」
「えっ」
「さて、何を曝してもらおうか…」


にやにやと笑いながら、政宗さんは眼帯を放ったままに頬杖をつく。
生憎と、に隠しているものなんて何もない。
どこか嫌な予感がして、少しだけ後ずさった。
けれども、が逃げようとしている気配を感じ取ったのか、政宗さんが素早い動作でこちらに手を伸ばした。…正確には、の、帯へ。

ぐい、と帯を引かれて、政宗さんの目の前に引き摺られる。締め付けられた腹が痛んだ。
「ちょ!帯解ける!着物はだける!」
そう叫んでも、彼は全く気にしていない様子だった。


「なァ、もう一つ俺のとっておきの秘密教えてやろうか」
「や、いいですなんかもう、わたしそんな代わりに教えてあげられる秘密とか持ってないので!」
「いいから耳貸せよ」


ぐいい、と帯を引っ張られて、身体が政宗さんの方へと倒れこむ。
そのまま肩を掴まれて、耳元に彼の吐息がかかった。



「俺がアンタをどう思ってるか、知りたいだろ…」



低い声が耳元で囁いた。
まさかこんな展開になるなんて思ってなかったは、思わず身体を硬直させてしまう。
どうやら彼は、耳元で囁かれる自分の声がどんな効力を発揮するのか、ようく心得ているようだった。


「小十郎も誰も知らねえ秘密だ。アンタに教えてやってもいいぜ」
「それ、ひ、秘密って言わない…」


帯の結び目を指先で弄りながら、政宗さんの左目が暗く光った。
「今昼間です」と小さく呟くと、彼は「昼間だと何かマズイことでもあるのか」と言ってまた笑う。
爪で引っ掛かれた帯の結び目から、かり、かり、と小さな音がする。
それだけでもどきどきするのに、耳にかぷりと生暖かい感触までして、は悲鳴を上げそうになった。



「なァ、知りたいだろ、…」



とびきり低くて甘い声がして、は反射的に頷いた。
ふ、と耳元に溜息のような温かい息がかかって、それから続けて囁かれた言葉に、噴火しそうになった。

低く、掠れるような声。
かり、と帯が引っ掛かれる音も、止まない。
それが一言、二言、と言葉を紡ぐたびに息がかかって、びくりと震える。頬に血が一気に集まって、熱い。
最後に「誰にも言うなよ…」と言われて、はまた、反射のように頷いた。



「さァ、俺をここまで暴いたんだ。もういいだろ」



fairに行こうぜ、と笑った彼の顔は、まるで時代劇の悪代官のようだった。
多分、赤くなっているだろう頬に手があてられて、彼の左目がを覗き込んだ。
閉じられた眼球のない右目からすらも視線を感じるような気がする。



「今度は俺がを暴く番だ」



かり、と帯の引っ掛かれる音が、止んだ。













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