お願い!
ぱん、と大きな音をさせて、は目の前で手を合わせた。
目の前には、不機嫌そうに脇息に肘をついて足を崩した眼帯の男。


「なんで俺がそんなことしなきゃならねえんだ」


不機嫌そうに歪められた口から飛び出した言葉は、やっぱり不機嫌そのものだった。
嫌なこった、と続けて、彼はこちらに向かってしっしっと追い払うように手をやった。


「お願い、お願いです政宗さん、一回でいいから!」

「しつこい」


手を合わせながらもう一度、ほとんど縋るように頼んだが、返された言葉はまたもNOだった。
どうしてですか、けち!一回で良いって言ってるじゃないですか!と口を尖らせながらも、めげずには食い下がった。けち、だなんて、この奥州で一番偉い人間である彼にこんな口を利くのは、おそらくはくらいのものであろう。きっと普通のひとならば切腹ものだ。
だが、がこういう人間だということをよく分かっている政宗は、それに対して何も突っ込んだりはしない。いや、正確にいうと、もうとっくに諦めているのだろう。


「てめえと違って、俺は忙しいんだ」


遊びてェならどっか他所に行きな。頬杖をつきながら、心底迷惑そうな顔をして政宗は溜息をついた。
それでもは諦めない。
小十郎さんや、他のひとたちに頼めばきっとの望みをあっさりと叶えてくれるだろう。
だがそれでは意味がないのだ。全然意味が無い。



「もう我儘も言わないし、こんな馴れ馴れしい口きくのもやめるし、廊下ですれ違う時には他の女中さんたちを見習ってちゃんと廊下の隅で頭を下げるようにするから、お願い!」

「あのな…」

「お願いしますっ一生のお願い!」

「………一回だけだからな」



これ以上は無駄だと諦めたのか、とうとう政宗が折れた。
てめえさっきの言葉、忘れたら承知しねえ。と凄みをきかせた声で念を押されて、まるで玩具のようには首を縦に動かした。












政宗が、自分の愛馬のくびを撫でる。
塀に並んでいるのは等間隔に並んだ三つの的。そして政宗が持っているのは、いつもの六本の刀ではなく、長い弓だ。
射小手をつけて手袋をはめ、鏑矢を5筋さした箙を背に負い、弓と鏑矢1筋を持つ。


「面倒くせェから狩衣は着ねェ。いいな」


ひらりと馬にまたがった政宗の姿を見て、は目を輝かせた。
流鏑馬。
これまでに一度も、は流鏑馬というものを見たことが無かった。
器用にも手綱を握らずに馬で走る政宗の姿を見て、あれならきっと馬上で弓を打つことも簡単に出来ちゃうんだろうな…と思ったのが最初だ。
興味本位で政宗に弓矢も扱えるのかと聞いたところ、当たり前だ、と返されたことで、どうしても見たくなった。
政宗が竹刀を扱っている光景はよく見るが、弓矢を扱う彼の姿は見たことが無い。

あの鋭い瞳がじいと的を見て、弓を引き絞るところはどんなに格好良いだろう。
しかもそれを走る馬の上でやってくれたりしたら、きっと心臓が破裂してしまう。

「目ン玉開いて、よく見てろよ」

わくわくしながら、は両手を握り締めた。
右手に持った鞭で馬を走らせて、矢を番える。






たんっ!






思っていたよりもずっと軽い音がして、一つ目の的に矢が当たった。わあ、と思わず黄色い声を上げてしまう。
ざあ、と風のように目の前を馬が走り過ぎる。

すごい、すごい!

その声が聞こえたのか、政宗が口の端をかすかに上げたような気がした。
「2つ目も!」と叫んだの期待通りに、たん、たん、と続けて二つの的も見事に射抜いて見せた。
まさに一瞬。

初めてみた流鏑馬は、もとい馬上から弓を射る政宗は、想像通り…いや、想像以上に格好良いものだった。

馬から下りて、小姓に馬と弓矢とを預けた政宗が、息も切らさずにこちらへ悠々と歩み寄ってくる。



「気は済んだかよ」

「済みました!有難うございますっ」



紅潮した頬を隠すこともせずに、は興奮気味に政宗の先程の格好良さを褒め称えた。
流石の政宗もばつが悪くなったのか、手をひらひらとさせて「用が済んだならとっとと行け」というようなことを言った。



「冷たい、政宗さん。あの的を射抜いた調子で、あたしのこのハートまで射抜こうという心意気は無いんですか」

「お前…馬鹿か?」

「あーあ、これで最後に格好つけてくれたら完璧なのになあ」

「言葉遣いと態度を改めるって言葉、忘れたわけじゃあねェよなあ」



あの左目でぎろりと睨まれ低い声で脅されて、は素直に「申し訳ございませんでした、政宗様」と頭を下げた。



「おい」

「…?」

「顔上げな」



倒していた上半身を上げ政宗を見上げる。
ひとつ目の男はにやりと笑って、の心臓の上あたりに、とん、人差し指を当てた。
まるで銃を突きつけるように。
そうして、その長身を屈めての耳元に口を寄せる。



「Bang」



政宗の吐き出した息が耳をくすぐる。
ぽかん、と阿呆のようにその場に立ち尽くしたままのを見て、彼は「これで満足かよ、kitten?」と笑った。
時間差でじんわりと、先程政宗の吐息が触れた耳が熱くなってくる。
ばん、と射抜かれた心臓が、オーバーヒートしそうな程に高鳴った。



「遊びは終わりだ、じゃあな」

「ま、まって、もう一回!」

「一回だけっつったろ」

「流鏑馬じゃなくてもう一回バンって!」

「阿呆か!あっち行け!」

「もう一回だけ!一生のお願い!」

「てめえの一生は何回あるんだよ!腕離せ!」



わたしの一生は何回あるか、ですって?そんなの決まってるわ、あなたがわたしの心臓を射抜いて、


息を止めてくれるまで!


(だからお願い、もう一度あなたの矢でわたしを射抜いて!)
(……本気で射抜いて殺してやろうか)





(080401)