四日間離れていただけだというのに、上田の空気が心底心地良く感じた。

実家に帰るのも確かに気が休まるが、今ではもうこちらの景色の方が「帰って来た」、と言う

気分をより高めてくれる。

仕事は溜まっているだろうか、例の主はまた鍛錬に精を出しすぎて無理をしていないだろうか、

そんな事ばかりを取りとめも無く考えながら、にやついてしまう顔で門番に声をかけた。








「幸村様、」

襖の前でそうっと声を掛けると、一瞬遅れて中から衣擦れの音が漏れる。

何か書き物でもしていたのだろうか、かたりと筆を置く音がして、直ぐに中へ促す声がした。

「戻ったか」

ふわりと笑む彼に向け畳に手を付き頭を垂れる。

しかしそれは直ぐに、下げた相手によって制止されてしまった。

「四日ものお暇を頂き、申し訳ありません」

「いや、それより母君の体調はもう良いのか?」

「お陰様で母もすっかり元の体調を戻しました」

良かった、と自分の事の様に胸を撫で下ろす彼に、思わずつられて笑み返す。

ふと視線がかち合うと、途切れた会話にも関わらずじっとこちらを見詰められる。

そこで直ぐに下がれば良いものを、貫くようなその双眸に何も言えず、そのまま固まってしまった。

何かを言わなければ、そう思いつつも渇いたノドを絞れど言葉にはならない。

「ゆ、きむら様?」

「うん?」

何とかそれだけを搾り出すと、さも何か?と言わんばかりの短い返事。

何だか、様子が違う気がする。元々、最近はぐっと大人びた印象を持ち始めた彼ではあったけれども。

歳も私より幾らか上、と言うだけなのに、妙に成長が早い気がする。男と言うのはこんなものなのだろうか。

心臓の裏まで見抜かれてしまいそうな視線に、自然と息が漏れる。

「あ、の、・・・何か、私の不備が・・・?」

恐る恐る尋ねると、きょとんとした不思議そうな顔をされた。

不思議なのはこちらの方だと言うのに。

そんな事を思っていると、つと腰を上げた幸村様が、きしきしと畳を鳴らしてゆっくり歩み寄る。

よもや一生の暇でも出されてしまうのだろうか、それはちょっと困ってしまう。

くるくると微かな危惧を胸中で混ぜていたが、それを遮るように低い声が囁いた。

「・・・四日」

「は、」

「この四日、随分と長く感じた」

言葉の意味を理解するより早く、熱い何かが柔らかく頬を撫ぜる。

それが彼の長い指だと認識する事だけは、いやに早かった。

「ゆっ、」

びくりと竦んだ私に構わず、ただただじっくりと眺めて、何か大事な物を慈しむようにそうっと輪郭を撫で上げる。

触れた所から焔を帯びて、いっそ燃え上がってしまいそうだ。

「月が昇る数を数えて、あと何回、と童のように指折り考えていた」

何を、なんて最早聞けない。

私を見る彼の眼は相変わらず鋭くて、しかしどこか、先程よりとろりとしている。

頬に触れていた指が髪に伸びて、さく、と飽きる事無く撫でる。

私はと言えば、不意の事態に指先すら動かせずされるがまま。

さぞ赤いであろう私の顔をくすくすとノドで笑って、幸村様がすっと指を退かした。

今まで熱い指が触れていた所を撫ぜる風が妙に冷たい。

「申したい事はそれだけだ。・・・戻って良いぞ」

「・・・し、っつれい、致します・・・」

思わず裏返ってしまった声に、もう一つ笑い声を立てられた。






「おぉ?ちゃんおっかえりー」

半ば放心状態で廊下をふらふら行くと、今日戻ったんだねぇ、なんて暢気な声を掛けられる。

緩慢な仕草でそちらを振り向けば、ある程度予想がついたらしい佐助さんが少しだけ苦笑する。

「っふ、大変だったみたいだね」

「さす、さすけさ、何ですか、何事ですかあれ、ちょっとあの、混乱してて良く、」

「・・・目覚めちゃったんじゃない?」

良く廻らない頭で思いつくまま矢継ぎ早に訪ねると、佐助さんは遠い眼をどこかへ向けた。

めざ、目覚めた?何に?まさかあの幸村様が女たらしにでもなったのだろうか?

「うーん・・・元々そんな節はあったんだけどね?この四日離れてみて本人もしっかり自覚したみたいで」

「・・・じか、く」

「・・・大変だよー、これから」

頑張って、と言いたげに叩かれた肩が、やけに重かった。

そんな佐助さんの反応に感じた少しの不安は、後々盛大に肯定される事となる。

四日ぶりに戻った女中仕事をしている間、ふと気付けばそこかしこにその姿があった。

洗濯物を干していても何をしていても、幸村様が例のあの目でこちらを見詰める。

何か用があるのかと尋ねてみても、気にするなと片手を振るだけ。

気にするなと言う方がおかしいのだけど、その度柔和な笑みに騙されてそれ以上を言えなくなってしまう。

そんな奇妙な一日を過ごしている内、そういえば、とある事を思い出したのは、仕事も一息ついた頃だった。

(お土産、忘れてた・・・)









故郷の母に渡されたそれを胸に抱えて、正直今はなるべく避けたい部屋の前に立つ。

しかしそれを逃げる訳にもいかず、冒頭と同じように静かに幸村様、と声をかけた。

「どうした?」

「母から土産を預かっておりまして・・・」

言いながら、そっと包みを開く。

これでもか、と積まれたそれを目にするなり、幸村様の目がきょとんと丸くなる。

「大福・・・」

ぽつり、と洩らされた幸村様の声に顔を上げると、今までと変わらない、見慣れた子供のような笑みをしていた。

あの時のような鋭い、内から焼かれてしまう様なものでなかった事に安堵して、包みを全て開く。

「母が作った物なのですが・・・恐れ多いとは言ったのですが、宜しければ是非にと・・・」

「母君が?・・・今頂いても良いか?」

「はい・・・あ、今お毒味役を、」

は、と腰を上げた私を、幸村様が良い、の一言で制した。

思わず彼の顔をぽかんと眺めてしまうと、ふんわりとした人の良い笑み。

殿の、母君が作られた物だろう。それに万が一仕組まれた事としても、わざわざ自分から

毒味させようとは言わぬ」

有無を言わせないきっぱりとした口調に何も言えず、大人しく腰を降ろす。

信頼してくださるのは本当に嬉しいのだが、この方その内危ない目に合ってしまうのでは無いだろうか。

(・・・心配だなぁ)

柔らかい所作で並んだ一つを取って、しかし口に運ばずじっと眺める。

やはり気になるのだろうか、と声を掛けようとした時、幸村様が口端に笑みを浮かべていた。

「・・・殿のようでござるな」

「・・・わ、私そんなに丸々してますか・・・」

これは少し哀しい。

由々しき問題だ、と真剣に考えていると、小さく噴出した声と共にそうではない、と否定の声が返る。

「白く柔らかな肌は滑るようで、口に放ればさぞ甘やかなのだろう」

うっとりとした声で言われて、返す言葉も出ない。何て事を言ってくれるのだ。

先程の子供のような笑みに若干騙されていたが、やはり何か熱いものを孕んだ瞳は変わらない。

そんなおかしな事を言われてしまったものだから、その一連の動作を食い入るように呆気と見詰めてしまった。

一つ視線をこちらに向けて、しかしそれは直ぐ目の前の大福に戻されて。

落ちる粉にゆっくりと手を添え、薄い唇がそっと餅を食んで・・・そこで耐え切れず、わっと視線を逸らした。

(お、おかしな事を言うから・・・!)

別に自分が食まれている訳ではないのに、その仕草を直視できなかった。

これでは自分がまるで常にふしだらな妄想をしているみたいだ。

好き勝手に暴れ出す心臓が何とか所定の位置に収まっているのを確認して、ゆっくりと視線を戻す。

丁度口中のそれを小さく噛み締めながら、口端の粉を指でなぞっている所だった。

「い・・・如何でしょう、か・・・お口に合わないとは思うのですが・・・」

「うん?そんな事は無い。母君は良い腕をお持ちだ」

心底感心したような声を出されて、ほっと一息つく。

甘味好きで有名な彼にそう言ってもらえるならば、例え世辞でも母もさぞ喜ぶだろう。

美味いぞ、ともう一つ持ち上げて、ひょいと顔の前に持って来られる。

その意図を掴みきれずじいっと大福を見詰めていると、くつくつと低い笑い声が彼から漏れた。

「口を開けよ」

「は、く、口ですか、」

言われるがまま口を開けば、膝立ちになった幸村様がそっと私の頬に手を沿え、

持っていた大福を私の口中へ沈めた。

「ん、ふ!?」

思わずぱちぱちと瞬きをして、反射的にそれを小さく噛み切る。

(本当美味しい・・・いやそうじゃなくて、)

今何をした、彼の手ずから、大福が、大福?

混乱したまま固まる私の口元を、相変わらずくすくすと笑ったままの幸村様の指がなぞり上げる。

その感触が余りにも優しくて、思わずぞくりと身震いをした。

ゆっくりと事の次第を理解して、わっと腰を上げかけた。が、やはり幸村様によってあっさりと捕まってしまう。

「逃がさぬ、」

「逃げ、逃げるとかではなくて、」

あわあわと言葉を捜しているうち、ぐいと引かれた右腕に広い胸元へと落下する。

胸中でぎゃぁと色気の無い叫びを洩らし慌てて逃げようとするも、腰元をがっしりと抱き込まれてそれも適わない。

男の力とは、こんなに強いものなのか。

しっかりと抱えられた腕の中で小さく縮こまる私を、楽しげな双眸が眺める。

(か、か、顔が上げられない・・・!)

虎というものは、獲物を見つけると息を潜めて近づき、あとは一気に跳躍して飛び掛るものらしい。

そうなれば、今まさに飛びかかられたのは私なのだろうか。

今までは、息を潜めて大人しくしていただけなのだろうか。

いつ。私が獲物として見られ始めたのは、いつからだろう?

いやそんな事よりも今は、

「おは、お離し下さい、」

「離さぬ」

「なりません、こんな事は、」

「問題無い」

埒のあかない押し問答に、最後に小さく困ります、とだけ呟いた。

もうそれしか出てこなかった。

「そうか・・・これは異な事を申すものだ。某も困った事に、とてもそなたが困っている風には見えぬのだ」

「え、あ、」

「その様な顔をして・・・益々離すわけには行かぬ」

「ちょっと待、お待ちくださ、(どんな顔してるって・・・!?)」

「飽きる程に待った」

「話が、話が良く、」

諦め悪く腕の中でじたばたと「判らない」、と続けようとした私の身体は、耳元深くに注がれた囁きに

今度こそ動きを無くしてしまった。

「・・・早う某の元まで落ちて参れと、・・・言うだけの話」

呆然と耳が朱に染まっていくじりりとした音を聞いているしかない私に、声を立てて笑った幸村様は

先程の大福を再度口元へ持ってくる。

「宜しいか?」

何が、なんて呟きは声にならなかった。




紅蓮を纏った若き虎の牙に勝るものは無く
幕は破かれた、
(さぁ逃げられないぞ!)











「戦国で真田に死ぬほど可愛がられる」、でした。
・・・可愛がられて、ますか・・・!?
真田が偽者な気がして仕方が無いです。
戦国時代既に大福があったのかが無性に気になって調べたのですが、
調べ方が下手なのか出てこず。終いには魔法の言葉「BASARAだし!」と
自分を納得させる事にしました・・・
恐れ多くも何某様に捧げます。
書き直し指令始め叱咤に苦情、両腕広げてお待ちしております・・・!
お粗末さまでした!






何某の心は打ち抜かれました。可愛がられすぎて死んだ!死んだ!!!
本当にもう、勇気出してリクエストした甲斐がありました。
うう、ありがとうございますっ!!!