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side:S
夢のような時間が終わって、全てを現実へ戻す鐘が鳴る。馭者は鼠に、馬は二十日鼠に、馬車は南瓜に、そしてわたしはまた灰被り。 「ああ、もう帰らなくては」 「どうして?」 振り解いた筈の手がまた捕らえられる。二つ目の鐘が鳴った。 魔法の崩れ行く音が聞こえてくるようだ。 「帰らなくてもここに居ればいい」 「だめなの、ここには居られないの」 三つ目の鐘が鳴る。この手を離してと頼むけれども、彼の手は一向に緩む気配が無い。 飴とオレンジを煮て溶かしたような彼の髪が、薄明るい蝋燭に照らされて光った。 「はなして、もう行かなきゃ」 「嫌だね。まだお互い名乗りあってすらいないんだぜ」 「どうか、お願い」 魔法使いとの約束の時間が近付く。ああ、今の鐘は一体何度目のものだろう。 心が焦って心臓が速くなる。 はやく、ここから出なくては。薄汚れた本当の姿を曝してしまう前に! 「夢は終わったの、どうか、放して」 「終わりはしないさ」 鐘が鳴る。魔法が解ける。 きらきらと光って解けてゆく幻に、心が冷えた。 煌びやかなドレスが消える。けれど、それを見ても彼は少しも驚く様子を見せなかった。 襤褸の服を纏った姿が彼の綺麗な目に映る。もうここで消えてしまいたかった。 「ねえ」 「…ひっく、う…」 「ねえ、泣かないで」 目を開けられない。こんな、こんな筈じゃなかったのに。 綺麗な一夜の思い出のままに消える筈だったのに。 彼が、ふわりと耳元に口を寄せる。ふ、と温かい息がかかって、肩が震えた。 「俺様が、誰かも分からない女の手を取るだなんて、本当にそう思ってるの?」 その言葉に、涙にかすむ目を開けて見上げる。一体、どういうことなのだろう。 目を丸くして彼を見つめると、耳元に低く「何にも知らなかったんだ。かわいいね」と声が響いた。 そっと指でわたしの目から流れた涙を拭って、酷薄な笑みを浮かべた彼の唇が動く。 「捕まえた、ちゃん」 Cendrillon なんてかわいそうなシンデレラ! side:Y
夢のような時間が終わって、全てを現実へ戻す鐘が鳴る。馭者は鼠に、馬は二十日鼠に、馬車は南瓜に、そしてわたしはまた灰被り。 「ああ、もう帰らなくちゃ」 「何故だ?」 振り解いた筈の手がまた捕らえられる。二つ目の鐘が鳴った。 魔法の崩れ行く音が聞こえてくるようだ。 「もう行かなきゃ。放して」 「帰さぬ」 彼の視線がまっすぐにわたしを貫く。その強い目に、我知らず身体が震えた。 急かすように、またひとつ長く大きく鐘が響く。 「」 彼の口が、わたしの名を紡ぐ。驚きに息が止まった。 どうして、このひとがわたしの名を知っているのだろう。 抜けるかと思う程に手を強く引かれ、力強い腕が腰に回った。 あまりに近い距離に心臓が早鐘のようにどくどくと打つ。 「どうして、」と問いかけた唇に、彼の手が当てられた。 「このような布切れも玻璃の靴も、俺にとっては如何でも良い」 「え…」 「俺が用があるのは、こちらだ」 つう、と手袋に包まれた彼の指が唇を撫でた。腰に回った腕が、痛いほどに強く締め付けてくる。 鐘の音が尾を引いて鳴り響く。今のは、一体何度目の鐘なのか。 、とまた低く名を呼ばれて、背がぞわりと泡だった。 「だ、だめ…」 「今更、遅い」 夜の闇のなか、城の明かりに照らされて彼の目だけが欄と輝いてみえる。 あかく、まるで火のように。 魔女がかけてくれた夢の魔法、纏った幻のヴェールでさえ、この炎の前では焼かれて落ちるしかないのだろうか。 「何事もなく帰れるなどと、本気で思っておったのか?」 (080921)某大型動画サイトに上がってたボーカロイドの歌から妄想した。 |