「ねーもう休憩しようよ」


そう言って、目の前の彼女が心底嫌そうな顔でテーブルの上に倒れ伏した。
時計は午後二時。が幸村の家に「一緒に勉強しよ」とやってきたのは午前11時だった。これでも持った方か、と溜息をつく。
「テストきらい…」と呟く彼女に「俺も嫌いだ」と答えた。の教科書は、10分前に覗いた時から1ページも進んでいない。


「まだ始めたばかりだろう」
「ちょっとくらい休みたいよー」
「1時間前も同じことを言って休んでおった」


起きろ、との身体を揺するが、彼女は机に突っ伏したまま「5分だけ寝る」と言った。の言うあと5分は全くあてにならない。5分待って、と言われて1時間近く待たされたこともあった。動かぬにあきれ果てて、「寝るならば自分の家に帰れ」と言うと、伏せられた顔から小さく「鬼」と恨めしそうな声が上がった。


「人が居るから集中出来ないのだろう。俺も一人の方がやりやすい」
「帰って一人になったら、それこそ3秒でぐっすりだよ」
「寝れば良いだろう」
「幸村は、彼女が試験に落ちてもいいっていうの」
「自業自得だ」
「…」


ざくざくと突き刺すような視線を感じたが、無視して自分のやるべきことに向かう。に付き合って単位を落とすだなんて冗談ではない。はというと、顎だけをテーブルの上に乗せて口を尖らせていた。目が何かを訴えていたが、それも無視して自分のノートに目を移す。
暫くすると、これ以上は俺が何も言わないと悟ったのか、ごそごそと持ってきた自分の鞄を漁り始めた。帰るのかと思い横目で見ていると、鞄の中からコンビニの袋を引っ張り出してきて、中身をテーブルの上に開けた。
教科書やノートの上にばらばらと広がったのは、菓子。


「…何をする」
「休憩しよ、休憩」


自分の教科書類の上に乗った菓子を、手でどける。するとは「ちょっとだけ、ほんと、30分だけだから」と甘えたような声を出した。

「糖分足りないと頭働かないんだよ」

と最もらしいことを言って、赤い包みの板チョコレートで自分を仰ぐ。はいこれ幸村の分、とまたノートの上に煎餅と飴を乗せられて、とうとう観念した。「30分だけだ」と溜息をついて肩をまわす。伸びをすると背中がコキと鳴った。

"チョコレイトは〜"という有名な歌を歌いながら、赤い紙を破り捨てて薄い銀紙を剥くは幸せそうだ。頭の中も幸せに違いない。ぱき、と小気味良い音を立ててチョコレートが小さく割れる。
はいどうぞ、と口元まで持ってこられたチョコを齧ると、ふわりと甘い匂いが鼻をくすぐった。甘いそれを噛み砕いて飲み込むと、また小さく割ったチョコをが口元まで運んでくる。


「カカオにはカフェインも入ってるから目も覚めるよ」
「俺は眠くない。が食べればいいだろう」
「はいあーん」


突きつけられたそれを、また大人しく口に入れた。甘い。
「そういえばさ」
がまたチョコレートを小さく割りながら思い出したように口を開いた。



「チョコって昔ね、欲情を呼び起こす悪魔の飲み物って言われてたんだって」



そう言いながら、はまた幸村の口元にチョコレートを運んだ。



「それとね、チョコの匂いってあれの血流を増加させる効果もあるんだって。しかもね、成分のひとつが恋愛化学物質って呼ばれてて、人が興奮したときに出す物質と同じものなんだってさ」



はい、と差し出されたチョコレートが薄く開いた口に突っ込まれる。
それを噛み砕きながら、幸村はの言葉の意味について考えた。
一体はどういうつもりで今そんな話をしたのだろうか。普通に考えれば行き着く答えはひとつだが、のことだ、何も考えずに発言している可能性もある。
がチョコレートを割りながら膝を立てる。白い脚が見えて、ああそういえば今日はスカートを履いていたのだなと思った。チョコレートは既に半分近く無くなっている。

ふと、に最後に触れてから一体何日経ったのかと考えた。試験期間が始まったのが5日前だから、それからか。いや、その前の週はたしかが月のもので出来なかった。ということは…

「そんなに眉間に皺寄せて怒らないでよ、これ食べたらまた勉強するから」

が残っていたチョコレートにぱきりと噛み付く。脚が動いた拍子にスカートがずれて腿が露わになった。何気ない動作ですぐに隠されてしまったが、白い脚が目に焼きつき頭から離れない。の赤い舌が、唇の端についたチョコレートの屑をぺろりと舐め取った。
4分の1程だけ残ったチョコレートが、銀色の包みの中に消える。が「はい、じゃ休憩終わって勉強しますー」と口を尖らせながらテーブルの上の菓子を片付け始めた。あたりにはまだチョコレートの香りが漂っている。


欲情を呼び起こす悪魔の飲み物。
血流増加。
恋愛化学物質。
…本当だろうか。



「…
「んー」
「休憩を延長せぬか」
「え?」



ようやく教科書に向かい始めたには悪いが、と僅かばかりの良心が痛む。
細い手首を引くと、その身体はあっさりと幸村の中に落ちてきた。


ああ、まだ口の中がねっとりと甘い。



Sweet Cacao


結局勉強出来なかったし、という抗議の声が聞こえる。
「チョコレートの所為だな、仕方あるまい」
と笑ったら、胸をどんと一発叩かれた。





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