頭のあたりがくすぐったくて、一体なんだろうと目を開けると、昼間の太陽の光と藍鉄の色の着物が目に入った。
未だ睡魔の巣食う頭の中はぼうっと霞んで、周りの状況を理解できぬままに何度か目を瞬く。
すると、上から「目覚めましたか」と、とても穏やかな声がかかった。



「随分と、気持ち良さそうに眠っておられましたな」



笑い混じりの声が耳を撫でて、そこでようやく頭が覚醒する。
おそるおそる顔を向けると、幸村がやわらかく笑んだ表情でこちらを見下ろしていた。


ひと仕事終えて、縁側で天気のよい空を見上げながらちょっとだけ…と寝転んだところまでは覚えているが、その先の記憶はぷつりと途切れている。
どうやら、気付かぬうちに眠ってしまっていたようだ。
どれくらい、眠っていたのだろう。
太陽の位置はさほど変わっていないから、そんなに長いこと寝ていたとは思えないのだけれど。
それにしてもこんなところで、緩みきった間抜けな寝顔を曝してしまうとは、恥かしすぎる。



「名を呼んでも肩を揺すっても起きぬから、些か心配致しましたぞ」



の髪を掬い上げて弄う幸村の指に、ああ先程感じたくすぐったさはこれか、と溜息をついた。

「しかし、このようなところで転寝とは…無防備に過ぎませぬか」

端整な眉を少しだけ顰めながら幸村が言った言葉に、一体誰の所為だと思っているの、と心の中だけで抗議した。
こんなところで思わず居眠りをしてしまう寝不足の原因を作り出しているのは他でもない、今目の前にいるこの男だ。
気付かれないように小さくため息をついて、眠気の残る身体をゆっくりと起こす。幸村がそれを支え…そのまま、その胸にを引き寄せた。
ぼす、と幸村の胸に顔から突っ込んで、着物の上からでも伝わるしなやかな筋肉の感触に閨の記憶が蘇り、顔にぽっと朱がのぼった。

幸村の胸に手を付き、離れようと力を入れたが幸村の腕はの肩を抱いたまま離れる気配すら見せない。
おまけに、頭の天辺にやさしく唇を押し付けてくるものだから、ますます頬が熱くなる。
「誰か来たらどうするんですか、離してください。もうお仕事に戻りますから」
小声で訴えると、暫く頭を撫でたあと、ようやく幸村は身体を離した。…かと思いきや、今度は額やら瞼やらに食むような口付けを寄越してきた。



「ちょっ、と、本当にやめてください幸村さん。こんなとこでさぼっているのが見付かったら叱られるのはわたしなんですから!」

「一体誰に叱られるというのだ」

「女中頭さんとか…」

「某に命じられたのだと言っておけば良いではござりませぬか」



しれっと言い放って、幸村はまたゆっくりと啄ばむような口付けに戻った。
こういうときに、ああこのひとはやはり身分のある家に育ったのだということを再認識する。
観念したが「だ、誰かに見られたらはずかしいからやめてください…」と弱りきった声を出すと、幸村は少し驚いたようにこちらを見て、ふ、と笑った。
それがまたなんだか悔しくて「こんな腑抜けた姿、見られてもいいんですか」と口を尖らせる。
幸村はそれを聞いて、なんだかとても不思議そうな顔をした。




「某が殿に狂うておることは、既に皆知っておろう。」




放たれた言葉に、う、と声を詰まらせる。
冗談みたいな台詞なのに、幸村の表情は至って真剣だった。当然であろう、と言わんばかりに。
大真面目な顔をして、さらに「腑抜けどころか、骨の髄まで抜かれておる」と続けるものだから、は顔を覆いたくなってしまった。
幸村はまたやわらかく表情を緩めて、今度は唇を食んできた。すっかり毒気を抜かれたはされるがままに身を任せた。


「もう少し、眠ると良い」


暫く好き勝手にそこらあたりに口付けを落とした後、幸村はの頭を撫でてそう言った。
せっかくの眠りを邪魔しておいて、用が済んだらまた眠れとは勝手な話だ。
もう眠くないです、と答えると、幸村は「よいのか」と首をかしげた。



「数刻もすれば日が落ちる。然為れば眠る暇などござりませぬぞ」



幸村の言葉に、口をぱかりと開けて呆然としてしまった。
眠る暇が無い、て、それはつまりええと。つまり…その…



「今宵は、蕩ける程に可愛がって差し上げましょう」



楽しみですな、と、また髪をやさしく撫ぜながら幸村がわらう。
その笑顔がとろりと甘くて、甘すぎて、寒気すら覚えるほどだ。

殿、と呼ばれた名に、腹の奥底があまく痛む。これは羞恥かそれとも他の何かの所為か。
応とも否とも言えぬままに、はそのまま俯いてしまった。










(080605)