彼の居ない城はとても詰まらない。全然詰まらない。本当に詰まらない。
ご飯は相変わらず美味しいし、城のなかにも城下の町にもまだ行ったことのない場所や楽しいものがたくさんあるし、面倒を見てくれる人たちはとても優しい。
だけど、彼が居ないとやっぱり詰まらない。晴れていても外に出る気になれない。美味しいご飯も箸が進まない。(全部食べるけど)

のこころのなかをこれ程にまで占める彼…伊達政宗は、本当はなんかが顔も見れないような偉ーい地位についている。それなのに全然嫌味なところがなくて、若いのに部下にも民にも筆頭!筆頭!て慕われている素晴らしいひとだ。本人には言わないけど。

その彼が、どっかの視察という目的で城を出たのが7日前。予定では、5日で帰って来ると言っていたのに、2日も遅刻している。大事があれば城が騒がしくなるだろうし、特になんの問題もないのだろうが…にとっては大問題だ。

帰還予定日、は政宗さんが帰って来ることが嬉しくて仕方がなくて、いつ帰ってきてもいいように朝も猛烈に早起きし、城の門の前をうろつき、おやつだって我慢して日が沈むまで待ったのだ。星が出てからも、ちょっと帰りが遅くなるのかもしれないと思い夜も遅くまで起きていた。だが、結局彼は帰ってこなかった。
昨日も、もしかしたらと思って同じように早起きして待っていたのだが結局帰ってこなかった。
まあ仕方無い。予定した日取りで来れることのほうが少ないのだから。

でも、やっぱり残念なことには変わりない。
もう暫くは帰ってこないんだろうなと思い、今日は思い切り寝坊してやった。
朝餉ですよ、と見かねた女中さんが起こしに来てくれたあとも、暫く布団の中でぐだぐだしていた。




まあでも寝坊といってもそれほど遅い時刻ではない。のろのろと着替えをして、眠い目をこすりながら廊下を歩く。眠りすぎるともっと眠くなってしまうのは何故なんだろう。

気持ちよく照っている太陽に、朝ごはんを食べたらまた昼寝でもしてしまおうかと思いつつ角を曲がったところで、声が聞こえてきた。
笑い混じりの低めの声。一度聞いたら忘れない。
この、声は!



「政宗さん!」



紛れも無く、城主伊達政宗だった。あちらもに気が付いたようで、目が合った瞬間思い切り眉を顰められた。ひどい!7日ぶりに会ったっていうのにそんな顔をするなんて。
でももうそんなことどうでもよくて、政宗さんに会えたことが嬉しくて、「おかえりなさい政宗さん!」と両腕を広げながらそちらへ駆け寄った。勢いに任せて抱きつこうとしたが、あっさりとかわされてしまった。避けるなんて、ちょっとショック。



「姿が見えねえと思ったらまだ寝ていやがったのか」

「もっと他に言うこと無いんですか!お土産は?」

「てめえこそもっと他に言うことは無ェのか!俺が居ない間、毎日ぐうたら過ごしてたんだろ」

「過ごしてませんよ!」



感動の再会だっていうのに雰囲気も何もない政宗さんにぎいぎいと文句を言っていると、後ろから「、俺にはおかえりって言ってくれないの」という声がかかった。振り返ると、腕を組んで呆れたようにこちらを見ている男の人。目が合うと、にっこりと微笑んでくれるこのひとの名前は、伊達成実。政宗さんに最も近しい部下のうちのひとりだ。さっきは政宗さん以外目に入らなかったが、成実さんのほかにも見知った顔が二、三人。全員、政宗さんと一緒に視察に出ていたひとだろう。



「成実さん、皆さん、お帰りなさい」



ただいま、と言って成実さんが笑う。笑うとすこしだけ政宗さんに似ている。



「俺は梵と違って、ちゃんとに土産買って来たんだぜ」

「えっ!ほんとですか!やった!」

「嬉しいだろ?じゃ、はい」



成実さんがこちらへ向かって腕を広げた。一体なんなんだろうと首を傾げると、成実さんは「無事主を連れ帰還した褒美に、我らが美しき花より抱擁を賜りたい」ととんでもないことをのたまった。
美しき花、だなんて!お世辞だとしても、やっぱり顔がでれでれと緩むのを止められない。はい!と元気よく返事をして腕を広げたが、横から伸びてきた手に妨害されてしまった。
政宗が思い切り、の耳を引っ張ったのだ。



「いた!痛い耳痛い!」

「梵、男の嫉妬は見苦しいぜ」

「誰がこんな女相手に嫉妬するか阿呆!だいたい花ってなんだ、食虫花か」

「ひどい、政宗さんひどい!」



このひとは、に対して容赦が無い。他の女中さんとかにはとっても優しいくせに。自分だけこんな扱いを受けるのは不公平だと思う。



「それより、俺が帰って来るまでに読み書き一通りできるよう練習しておけって言っただろ、お前ちゃんとやったのか」

「……。…やりました」

「なら今すぐ見てやる、来い」

「あ、あと一日待って!」

「やっぱりやってねえんじゃねぇか!」



来な、俺が直々にしごいてやる。
強引な政宗さんに襟首を引っ掴まれて、部屋にむかって引き摺られる。遠ざかってゆく成実さんに助けを求めたが、ひらひらとにこやかに手を振られてしまった。

政宗さんが帰ってきてくれたことは嬉しいけど、嬉しいけど、でも、ああ…なんてことだ、まだ朝ごはん食べてないのに!




空腹のスケルツォ

「なんだかんだで梵ってば、に構いたくて仕方ないんだよ」





「おい、その腹の音をなんとかしろ」
「だから、朝ごはんまだなの…」










(080512)