佐助が告白されている現場を目撃してしまった。

故意ではない。偶然だ。今日は日直だったから、放課後に教室のカーテンを閉めようとして窓の外を見た時に丁度見てしまったのだ。声が聞こえたわけではないから本当に告白の現場だったのかはわからない。けれど、雰囲気からしてあれば告白の現場に違いないという奇妙な確信があった。

今年に入って、既に3人目だ。なんなの、なんなのあの男。しかも、相手の女の子がまた可愛い。たぶん一年生だろう。ふわふわしてて背が小さくて、あれは絶対自分のこと可愛いって思ってるタイプだ。と、そこまで考えて、邪推して告白してきたあの相手を貶めようとしている自分の思考のいやらしさにへこんだ。最悪。


心の中は嫉妬とか不安とかでどろどろ。ヘドロより酷い状態。ため息をつきながら廊下を歩く。
佐助はいま彼女がいない。あんな可愛いこに告白されて断る男なんているのだろうか。がもし男だったら、…たぶん断らない。他に好きな人が居ない限り。

そう考えると、もう気分はどん底だった。地殻とマントルをぶち抜いて、地球の反対側に出てしまいそうなくらい落ち込む。足を引き摺りながら歩いて、靴箱の前に差し掛かったところで、足を止めた。止めざるを得なかった。



「いま帰り?」



靴箱に寄りかかり、こちらにむかって軽く手を挙げているのは間違いなく渦中の人物、猿飛佐助だった。
ずく、と胸が鈍く痛む。なんでここに。
口を引き結んで、このまま無視してしまおうか迷う。普通に佐助と話す自信が無い。…でもここで変な態度をとってしまえば、今の幼馴染としての自分すら失ってしまいそうで、怖くて、結局無理矢理に笑顔をつくって返事を返した。



「そ。日直ってめんどくさいねー。もうひとりは部活とか言って先に行っちゃうし」



せっかく返事をしたのに、佐助はこちらを見つめたまま何も言わなかった。なによ。なんなの。もしかして、やっぱり顔が引き攣ったりしたんだろうか。佐助はそのまま笑いもせずにこちらの顔を見ていたけれども、暫くしてようやく表情を緩めて口を開いた。



「……そりゃ災難」

「ほんとだよ」



靴箱から靴を取り出して、コンクリートの上にぽんと置く。なるべく佐助の顔を見ないようにしながら、はやく帰りたかったのに日誌を出しに行ったときに先生に捕まってプリント運びを手伝わされて散々だったとか、とにかく口を動かした。そうしないと、溢れてしまいそうだった。佐助はとくに口を挟むこともせずに、黙って聞いていた。



、久し振りに一緒に帰ろうか」

「や、寄るとこあるから先に帰って」

「俺も一緒に行くよ。どこ?」



一緒に帰りたくないがための口実だったのに一緒に行くと言われてしまって、どうしようと悩み、無難に「本屋」と答えた。「それじゃ行こっか」と言って歩き出した佐助の後ろを歩く。細身の背中。夕日を浴びてオレンジ色に見える髪。

昔は、全部のものだった。佐助の一番はで、の一番は佐助で、それはずっと変わらないと思ってきた。
高校生になって佐助に彼女が出来て、自分が一番でないことを知った。
佐助が半年で別れて、それからもまたいろんな女の子と付き合って別れてを繰り返している間もずっと、にとっての一番は佐助だった。
佐助が好きで、佐助が好きで、佐助が好きでたまらなかった。
佐助の隣を歩く女の子に嫉妬した。そこは、あたしの場所だったのに。



「あのさ」

「…なに」

「こっち」

「え?」



くる、とこちらを振り向いた佐助に、ぐいと手を引っ張られた。引っ張られて辿り着いた場所は、佐助のとなり。「なんで後ろ歩くのさ。隣歩けばいいじゃん」と言って佐助がそのまま手を握る。なんで、どうして。だってここはもうあたしの場所じゃない。



「さっきさあ、一年の女の子に告白されたよ」

「…そっか」

「見てたでしょ、上から」

「…うん」

「どうすればいいと思う?」



の意見、聞かせてよ。そう続けられた言葉に、ざくりと斬られた気分だった。この男はなんて残酷なんだろう。どうすればいいと思う、だなんて。それを、それをわたしに聞くの。ぎり、と歯を食いしばった。目の奥があつくなる。頑張れ、負けるな涙腺。



「佐助の好きに、すればいいと思う」

はどう思う?」

「佐助の好きにするのが一番いいよ」



顔だけは笑いながら、こみあげてくるものを必死に耐えた。
嘘。嘘。嘘。付き合わないで、その子と付き合ったりしないで。
鼻の奥がつんとする。佐助の好きにするのがいいなんて嘘。お願い、付き合ったりしないで。こっちを見て。わたしを見て。好きになって。



「ふーん。わかった、好きにするわ」

「そう、して」

「じゃ、遠慮なく」









ぴたり、と世界が止まった。音が消える。動きも消える。
ただ、目の前の長い睫にこころを奪われた。

おれんじ、いろの、揺れる前髪と、

それから、

くちびるに、









どさ、と鞄の落ちる音で現実に引き戻される。世界がまた動き始めた。
佐助が「あーあ、なにやってんの」と言いながら落ちたの鞄をひろって、砂を払う。
はい、と手渡されてもそれを受け取ることなんてとてもじゃないけど出来なくて、は視界がぶわっと歪むのを感じた。

今、いま、このひとわたしに、

佐助が、すげー顔、とティッシュで顔を拭ってくれる。
「もう一回キスしたかったけど、鼻水たらしそうだからやめた」と言って笑う佐助の顔は昔と同じだった。



「な、な、なん、」

「言えてない言えてない」

「なん、なんでえ」



声が震えてうまく話せない。それを見て、佐助はおもしれーと言ってまた笑った。こっちはそれどころじゃないっていうのに。



「知ってた?俺はいつだってのこと一番大事だって思ってるんだよ」



そう言うと、また唇にあたたかい感触。
なのに、はちっとも気付かないんだもんな。が気付くの待ってたら俺じいさんになっちまう。ほら、本屋なんて実は嘘だろ。もう帰ろうぜ。

佐助の手がつよくわたしの手を握る。うそつきうそつき、じゃあなんで今まで言ってくれなかったの、他の子と付き合ったりしてたの!そう詰ったら「色々あんの、男には」とはぐらかされてしまった。
ぼろぼろと一度流れ出した涙は全然止まらなくて、きっとマスカラだって落ちてしまっただろう。そう思った次の瞬間に、佐助に「の顔大変なことになってるから早く帰ろう」って言われた。むかつく、佐助のせいでしょ!


遠くでからすが鳴いている。焼けた空が目に痛い。

ぐすぐすと鼻をすするの手を引きながら歩く佐助の背中は、いつかと同じようにのすぐ隣にあった。















(080511)