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「俺はのことが一番大事だよ」 佐助はいつだって、まるで決まり文句のようにそう言う。 ずうっと昔からそうだった。俺はいつだっての味方だよ。一番大事に思ってるよ。近所のおとこのこに苛められたとき、お母さんに怒られたとき、おじいちゃんが二度と目覚めない眠りについたとき、悲しくてさみしくてどうしようもないとき、佐助の口からはいつも決まってこの言葉が出た。 親や友達に言えないことでも、佐助になら言えた。佐助は子供のときから、家族よりも友達よりも、ずっとずっとの近くにいた。いまでも、の一番近くにいるのは佐助だ。一番好きなのは、佐助だ。 でも佐助にとってはそうじゃない。佐助の一番近くにいるのはじゃない。佐助が好きなのもじゃない。そのことに気付いたのは、高校に入ってすぐだった。それから今まで、もう何度も何度も思い知らされた。つい昨日も。 お昼休み、今日の話題は浮気について。女子高生として色々と謳歌している友達のひとりが、「浮気ってのはね、彼氏をずっと好きでいるための手段なの!好物がカツ丼でも、毎日カツ丼ばっか食べてたら飽きて逆に嫌いになっちゃうでしょ、それとおなじ!たまには他のものも必要なの!」と熱く語っていた。その考えにはあんまり賛同できないなあと思いながらも、彼女の熱弁に気圧されて、ああとかうんとか適当に返事を返す。もうひとりの子もわたしと同じ意見だったらしいんだけど、こちらは果敢にも「ええっ、そんなの駄目だよ!同じことされたらあんたも嫌でしょ」反論していた。そのとおりだ。 ふたりの声を聞きながら、窓からぼーっと空を眺める。あ、ひこうき雲。 こないだの席替えで、この席をとれたのは本当にラッキーだった。窓際の一番うしろ。日当たりもよくて気持ちがいいから、お昼ごはんはみんなの席のまわりに集まって食べる。でも、この席の良さはそこだけではない。だって隣の席は、 「ねえちょっと猿飛、あんたどう思う?」 「…いきなり何の話よ」 …この、面倒くさそうに返事を返す、明るい茶色の髪の男だから。 昼ごはんを食べて屋上から戻ってきたばかりなのだろう。こんな話題のときに捕まってしまうとは、佐助も災難だ。 「浮気の是非について、猿飛の見解を伺いたいと思いまーす」 椅子に横座りしながら尋ねる声に、佐助は「君ら暇だねー」とため息をついている。 「はどう思うの?」 突然こちらに振られて、思わず「へぃっ?」と裏返った声が出た。別に興味ないよ佐助の意見なんてという表情を装って、実はめちゃくちゃ聞き耳をたてて佐助の言葉を待っていたにとっては、完全に不意打ちだった。ええと、と言葉がつまる。 「…浮気はよくないと思う」 「そうね。俺様もと同じ意見」 にっこりと笑いながら返された答えに、友達が「猿飛っていっつも俺もと同じ意見ーっていうよね。あんたもっと自分の意見を持ちなさいよ」と呆れたように言った。佐助は特に気にもせずに、「そう思うんだからいいじゃん」と言って席に座り、机の中からノートを取り出す。それを廊下側の席に居る佐助の友達に向かって見せながら「旦那ーこれ数学のノート!」と、まるでフリスビーのようにノートを投げた。向こうで真田君が「佐助、投げずにここまで持って来ぬか!」と怒っている。 そうこうしている間に予鈴が鳴って、友達は自分の席に戻り、教室に集まり始めたみんなの声と椅子と机の音と で騒がしくなった。 本当はこんなこと、皆がいる教室で言うべきことじゃなかったんだろうけれども、あんまりにも騒がしいからきっとと佐助以外の誰にも聞こえやしないだろうと思って、昨日のことを言ってみた。 「浮気はよくないと思うんだったら、あれ、やめたほうがいいよ」 「なに?」 「昨日の。教室でさ」 「……ああ、見てたの、あれ」 佐助の言い方がとても適当だったから、佐助にとってはあんなことは日常茶飯事なのかなと思った。当たり前なのかな、付き合ってもいないひとと、キスするくらい。すこし悲しい。もやもやする。 「あのひと、彼氏いるんだよ」 「あれは浮気の内には入らないでしょ」 本鈴が鳴って先生が教室に入ってきたから、その話はそこで終わりになった。良かった。これ以上この話をしていたら、わたし、怒り出すか泣き出すかのどっちかだったと思う。別にわたしは佐助の彼女じゃないから、こんな気持ちを抱くなんてお門違いもいいところ。でも、昨日見た光景が思い出されて、悲しくて悔しくてもやもやして、知らずに唇を噛み締めた。 浮気にもならないどうでもいいことなら、わたしにもしてくれればいいのに。 (080511) |