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知らない横顔
知らない横顔 佐助の顔が、たまに知らないひとのように見えるようになったのはいつからだっただろうか。 同じソファの横に座って、テレビを見ているとき。お風呂上りに、ペットボトルから直接水を飲んでいるとき。本を読んでいるとき。そんな、なんでもないような時に、ふいに佐助は知らないひとの顔になる。 佐助は、歳のひとつ離れた兄だ。ただし、血は繋がっていない。 初めて会ったのは…たしか、小学校に上がるときだ。わたしのお母さんと、佐助のお父さんが再婚して、わたしたちは兄妹になった。わたしは人見知りだったから、最初のころは随分と佐助にもお父さんに対しても酷い振る舞いをしたと思う。けれども、佐助は一番初めからとてもにこやかにわたしとお母さんに接してきた。あんなに小さかったのに、歳だってひとつしか違わないのに、佐助の方がずっとずっと大人だったのだ。今思えば、佐助も必死だったんだと思う。 そんな佐助の尽力のお陰で、みんなが書類の上だけじゃなく本当の家族になるのにもそんなに時間はかからなかった。…以外は。 「テレビ変えていい?」 スウェットを着て、がしがしと髪を拭いながら佐助が横にどかっと座った。ぎし、とソファが沈む。特に真剣に見ていたわけでもなかったから、いいよと言って佐助にリモコンを渡した。 ふわ、と佐助の髪からいい香りが漂ってくる。と同じにおい。 濡れた髪を掻き上げる姿に、胸がときめく。テレビの光が佐助の目に入って、きらきらして見えた。 お風呂に入っていた所為か、佐助の身体から熱が立ち上っている。でも、自分の頬が熱いような気がするのはその所為じゃない。 この、鼓動の高鳴り。高揚。これが、が佐助と家族になれない理由だった。 ずっと昔から、は佐助のことが好きなのだ。小学生にあがる前から一番近くにいる他人。にこにこと優しくて、よりもずっと大人な、他人。好きにならないほうが不自然だった。 初恋は実らないという。でも、の気持ちは初恋とかそんなこと以前の問題で、決して叶うことのないものだ。さっさと他のひとに目をむければ良かったのに、この兄という名の想い人は、高校2年目になっても未だの心の真ん中を陣取って、片時も離れようとしないのだ。 「さ、風呂熱くしすぎなんだけど。俺様火傷するかと思った」 「ぬるいお風呂嫌いなんだもん」 「婆さん発言。熱い風呂って皺出来やすくなるんだぜ」 「うるっさいなあ」 余計なお世話!とはそっぽを向く。テレビからは笑い声が響いてくる。まるで、報われないの気持ちを笑っているみたいだ。 「アホみたいに熱い風呂入ってるから、そんなブルマみたいなの履かなきゃならなくなるんだろ」 「ブルマじゃなくてホットパンツだよこの変態兄貴」 「変わんないでしょ」 「変わるよ」 でも確かに、佐助の言うとおりだ。風呂から出たあとは、熱くて熱くて長いスウェットなんて履きたくなくなる。だからいつも風呂上りにはタンプトップとホットパンツだ。動きやすいし、なにより涼しい。 佐助がチャンネルを変えた。夜のニュース。バラエティ。なんかのドラマ。またニュース。 ソファの上に足を上げ、体育座りをしながらその様子を見る。すると、湿ったバスタオルを頭からかけられた。 「つめたっ!なにすんの!」 「テレビ面白くねえからもう部屋に上がるわ」 佐助は一言そう言ってソファから立ち上がった。なんだか、声が怖い。 なんなのよ…とバスタオルを握り締めながら佐助を見上げると、ちらとこちらに視線を寄越して、ため息をつかれてしまった。 「…隠せよ」 「は?」というを無視して、佐助はリビングから出て行ってしまった。 無言で口を引き結ぶ佐助の横顔は、まるで知らないひとのようだった。 (080509) |